『前田建設ファンタジー営業部3「機動戦士ガンダム」の巨大基地をつくる!』
前田建設工業株式会社/幻冬舎刊 \2,100
実在の大手ゼネコンが取り組んだのは、なんとアマゾンの地下に建造された「機動戦士ガンダム」地球連邦軍の総司令基地、その名もジャブロー。アマゾンといえば地球の肺とも呼ばれ、広大な自然の中で多種多様な生物が共存する大事な場所。「このような大自然の地下に大規模な基地をつくる必然性とは何なのか」など環境問題も考慮しつつ、大まじめに挑戦。
「ジャブロー?」「ファンタジー営業部?」
未知の世界へ貴女をご案内します
「アムロ、行きまーす!」
「二度もぶった。親父にもぶたれたこと無いのに」
このセリフ、耳にしたことがありますよね。たとえテレビアニメを見ていないとしても、バラエティ番組などで芸人さんが言っているのを聞かれた方も多いと思います。
一九八〇年代、少年たちの心をわしづかみにしたテレビアニメ「機動戦士ガンダム」。本書はその作品に登場する巨大基地ジャブローの建設を前田建設工業株式会社というゼネコンが注文を受け、社内プロジェクトである「ファンタジー営業部」が検討を重ねて見積もりを出す──という大プロジェクトを著したものです。
「機動戦士ガンダム」は一九七九~一九八〇年にテレビで放送され、映画化もされた人気アニメ。ちなみに同時期の女子アニメは「ベルサイユのばら」です。いずれも三十年前になりますが、ガンダム、いまでもシリーズとして続いております。
宇宙世紀0079年、ジオン公国と名乗った国家が地球連邦に独立戦争を挑んできます。そこで人型の兵器、モビルスーツが登場するわけで、ガンダムもそのひとつです。それまでの勧善懲悪なロボットアニメと違い、戦争の悲哀と不条理、主人公である少年の成長と葛藤を描いた本作は「宇宙戦艦ヤマト」「新世紀エヴァンゲリオン」と並ぶ日本アニメの傑作といえます(もちろんジブリもありますけれど、それは置いといて……)。
ジャブローは、地球連邦軍の総司令部もあり、南米アマゾン川、ギアナ高地周辺の地下深くにある巨大秘密基地。そのアニメ世界の建築物をゼネコンが受注し、現状の技術、材料でもって見積もりを立てるのです。その行為そのものがファンタジーと言えるでしょう。
アニメに描かれた建築物を
実在の会社が受注するって?
次に前田建設ファンタジー営業部を紹介しましょう。まずこの前田建設工業という会社、東証1部上場(株式コード1824)の正真正銘「本物」です。テレビアニメと大手ゼネコンがどうして結びついたのかというと、話はいまから十年ほど前にさかのぼります。
ゼネコンというと汚職、談合とネガティブな言葉が連想される現状。それではイカン、建設業に興味のない方々に楽しくかつわかりやすく建設会社の仕事をわかって欲しい、という思いから始まったプロジェクトが前田建設ファンタジー営業部でした。
第一弾は『前田建設ファンタジー営業部1「マジンガーZ」地下格納庫編』(幻冬舎文庫)です。歌手の水木一郎さんが「マジンガァーゼェェェーット!」って叫んでる、あのロボットアニメ。マジンガーZを擁する光子力研究所からの依頼でファンタジー営業部は巨大ロボットの格納庫建設に挑みます。プールの底がふたつに割れて、その間からマジンガーZが出撃するシーン。実はプールではなく、汚水処理場とわかるのですが、当時の子どもたちが憧れたあの施設に挑みました。
第二弾は『前田建設ファンタジー営業部2「銀河鉄道999」高架橋編』(幻冬舎文庫)です。鉄郎とメーテルを乗せて999号が地球から旅立つ際に現れる、宇宙に向かって長く、高くそびえるあの橋。汽車の振動や風の力など、想定されるあらゆる懸案事項に最新技術をもって取り組みました。
はじめはWeb上で展開されたこれらのプロジェクト、アニメファンのみならず建築関係にも注目され今日に至っています。そしてこの度、書籍化として第三弾の「機動戦士ガンダム」に至ったのです。
地球連邦軍のジャブロー発注から話は始まります。ファンタジー営業部内には鉄道ファンのA部長、関西弁でオヤジギャグ満載のB主任、そのB主任にツッコミを入れる真面目なC主任、そして若手のD職員。彼ら四人が受注を受けてからアニメのシーンを繰り返し鑑賞し、細かな部分の検証を何度も何度も重ねていく様子が対話形式で進んでいきます。ときにマニアックに、ときにギャグをはさみ、検討すべき問題をひとつひとつ丁寧につぶしていくのです。
大人が、そこまでするか?
という本気っぷりの面白さ
読みどころとしては、従来のガンダムファンを唸(うな)らせ(かつ笑わせ)る細かい部分への真面目な検証でしょう。この手の検証本は他にも数多く出ているのですが、非現実的な部分を面白半分に書いているものが多いようです。ですがファンタジー営業部は違います。本物の、プロのゼネコンの担当者たちが自分たちの持っている技術、人脈を用いて、至って真面目に受注案件について本気で仕事に取り組んでいるのです。
たとえば「ジャブロー、基地の前」という章では基地部内の岩質について考察を重ねます。軟らかければ掘りやすいけれど、崩れやすいので補強が必要だからです。社内のトンネルグループと共にDVDを何度も見て、敵のモビルスーツが岩に爪を立てた時の「カキーン」という音から岩質を硬いものと見極めます。また地下水脈もあると考え、実際の地下鉄トンネル工事に用いられた「ハイ・イータス工法」(トンネルを掘ってコンクリートを吹き付けた面と防水シートの間の凸凹部に充填剤を流し込むことで地下水の進入を防ぎ……という詳しい説明が作中にあります)の導入を検討しています。アニメを見ながら建設のプロが語る様子は笑えるくらいに真剣で、笑えないくらいに本気なのです。
さらにファンタジー営業部には強い味方がたくさんいます。このプロジェクトに賛同し、自らもガンダムファンであったという大学の研究者、他社の技術者たちも依頼に応え、その知識を惜しみなくファンタジー営業部に伝えているのです。地球連邦軍のモビルスーツ製造工場の検証にはコマツ茨城工場がアドバイスを与え、フライ・マンタという戦闘機が飛び立つ滑走路を造るにあたってはANAの研究者が自らの知識を惜しみなく伝えています。
ジャブローの検証はまだまだ続きます。実物大のガンダム、お台場で見たことがある方もいると思いますが、あれが実際に戦闘しているシーンから地下空間での仕事量を考え、アマゾンの中にあることから地球の自然環境にまで配慮した工事を考える。そういった検討を重ね、終章で見積書を出します。
「地球連邦軍殿 地球連邦軍ジャブロー一式 2532億円 工期272年」
本物のゼネコンが試算した見積もりが高いか安いかは素人にはわかりませんが、彼らファンタジー営業部が本気で取り組んだ心意気はこの見積書から十分に伝わってきます。
少年の日に憧れた空想世界。大人になって現実の辛い日々を送りながらも、忘れてはいけない夢や希望を本書は熱く語ってくれています。そんな夢の世界に、かなり深い部分まで触れることのできる読みごたえ満点の一冊。アナタも手にとってみては如何でしょう?
『GINGER L.』 2012 AUTUMN 8号より
食わず嫌い女子のための読書案内
女性向け文芸誌「GINGER L.」連載の書評エッセイです。警察小説、ハードボイルド、オタクカルチャー、時代小説、政治もの……。普段「女子」が食指を伸ばさないジャンルの書籍を、敢えてオススメしいたします。
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