野村克也さんの選手評は、いつも冷静で的確で、なにより野球と選手への愛がにじみ出ていました。心よりご冥福をお祈りします。
野村さんの著書『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)では、教え子である田中将大、「難攻不落」と評するダルビッシュ有から、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手まで、名将ノムさんが嫉妬する38人の「怪物」を徹底分析しています。
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近年、メジャーリーグで「フライボール革命」なるものが旋風を巻き起こしたそうだ。ゴロを打つことを避け、打球に角度をつけて「打ち上げる」ことを奨励する理論が2014年ごろから提唱されるようになり、これをチームとして取り入れたヒューストン・アストロズが2017年のワールドシリーズを制したことで一気に浸透したのだという。
低め中心の配球が徹底されたことに加え、データ解析で各バッターに対する守備シフトが年々進化。これまでならヒットになっていたゴロがキャッチされるようになった。それならば、内野手の頭を越える打球を打ったほうがいいということで、多くのバッターが下から上へ振り上げるアッパースイングをするようになったということらしい。実際、速度98マイル(約158キロ)以上で、26~30度の角度で弾き返された打球はヒットになる確率がもっとも高いのだという。
フライを打ち上げるバッターが増えた結果、ホームラン数は増加した。2016年は7年ぶりに年間5000本を超え、17年は史上最多の6105本を記録したという。
ただ、フライボールを実践するには、それだけの打球速度が必要になる。パワーに劣る日本人は、誰でも真似できる芸当ではない。数少ない例外が福岡ソフトバンクの主砲、柳田悠岐だろう。
柳田は2015年、打率3割、30本塁打、30盗塁のトリプルスリーを達成したが、それ以前から私は注目していた。というのも、打ち方がそれまで見たことのないフォームだったからだ。そして、いつも思ったものだ。
「王やソフトバンクの指導陣はよく我慢しているなあ……」
文字通り、天に向かって打っているように見えた。ふつうはフォロースルーが肩のあたりに来るものだが、柳田の場合は頭の横にグリップがくる。いま思えば、フライボール革命を実践していたわけだが、理にかなっているようには思えなかった。あんな打ち方をしているバッターは、長年プロ野球を見てきた私でも、出会ったことがなかった。
柳田が「ホームランか三振か」というバッターならわかる。不思議だったのは、あのスイングでヒットを量産できることだ。まさしく突然変異。日本球界に突如現れた怪物というしかない。私には理解不能だ。
ただし、ほかのバッターには間違っても「柳田の真似をしろ」とは言えない。あれは柳田という怪物だから可能なのであって、並のバッターが真似をしたらバッティングをおかしくするだけだ。
実際、フライボール革命には、マイナス面もあらわれたという。単純にいえば、ホームランか三振かという、淡白な攻撃が増えたのである。ホームランが増加した反面、三振の数も増え続け、2018年は4万1207個。逆にヒット数は4万1018本と、はじめて三振がヒット数を上回ったそうだ。状況を考慮せず、いつでもフライを上げようとするバッターが増えた影響だと思われる。
柳田自身は、かつては引っ張る傾向が強かったようだが、トリプルスリー達成後は次第にセンターからレフト方向への打球が多くなり、広角に打ち分けるようになった。
それも、ただ力いっぱいフライを打ち上げるのではなく、センターにライナーを打ち返すスタイルに変わった。以前はインコース低めを若干苦手としていたようだが、現在は腕をうまくたたんでライトスタンドに持っていく。「現役最高」の呼び声も高く、手のつけられないバッターになりつつある。突然変異の怪物がどこまで進化するのか、注目したいと思う。
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【本書でとりあげる怪物たち】
●大谷翔平……最多勝とホームラン王、両方獲れ
●田中将大……もはや気安く「マーくん」などと呼べない存在に
●江夏 豊……「江夏の21球」明暗を分けた佐々木への6球
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●清宮幸太郎……左ピッチャーとインコースを攻略できるか
●佐々木朗希……"163キロ"の豪腕は本物か。令和最初の怪物候補
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●王 貞治……あえて注目したい「四球数」の記録
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●金田正一……ピッチャーとしては別格、監督としては失格
●稲尾和久……正確無比の制球力でストライクゾーンを広げてみせた
●江川 卓……元祖・怪物。大学で「楽をすること」を覚えたか
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●ジョー・スタンカ……忘れられない巨人との日本シリーズでの一球
●ランディ・バース……バックスクリーン3連発を可能にした野球頭脳
●柳田悠岐……誰も真似してはいけない、突然変異の現役最高バッター
●山田哲人……名手クレメンテを彷彿とさせる、三拍子揃った新時代の怪物
●山川穂高……大下、中西、門田……歴代ホームラン王の系譜を継ぐ男 ほか全38名
プロ野球怪物伝
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