今月はハロウィンなので、少し怖い話をしよう。
私は読むだけで背筋が凍るような、恐ろしいノートを何冊も持っている。
このノートに綴られているのは、過去に通訳の現場で起こってしまった「伝わらなかった」体験談や、「訳せなかった」言葉。仕事を終えるたびにつけている、「まちがえノート」。読み返すたびに、その時の記憶が鮮明に蘇る。
――登壇者が話し終え、観客の目が、いっせいに私に向かう。すぐに訳さなければいけないのに、言葉が出てこない。頭が真っ白になり、まさにパニック!
思い出したくもない失敗を、どうして私は細かく書き留めるようになったのか。
まだ私が20代のころ、ニューヨーク近代美術館で大林宣彦監督の回顧展が開かれ、日本からアメリカを訪れた監督の通訳を数日間担当することになった。ファンタジーとホラーを絶妙に融合した世界観で知られる監督の代表作『HOUSE ハウス』は、ニューヨークの映画ファンなら誰もが知っている伝説的な作品で、監督自身もたくさんのニューヨーカーに愛されている。
監督の生い立ち、作品、インタビュー記事や映像をチェックし、私は初日に予定されていた、監督と美術館の学芸員やスタッフとの対談に向けてしっかり予習をした。監督のことなら、何でも分かっているつもりで、いそいそと仕事へ出かけたのを覚えている。
しかし、大林監督の話術は、私の想像を遥かに超えるものであった。抑揚のある声に、お茶目でチャーミングなユーモアのセンス。表情豊かで、ダイナミックな監督の話は、まるで映画を見ているような絵画性があった。どれも、私の通訳の術では再現することはできない。
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英語で伝えるということ
世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。