◎今回取り上げる古典:『この人を見よ』(フリードリヒ・ニーチェ)
「傷ついた」と吐露することが最大の攻撃となる時代
突然だが、職場や日常生活で言い争いになったとき、相手を止めるだけではなく深く自省させる発言はなんだろうか。
私はコンサルタントという職業で、さまざまなひとたちと話したり、議論したりする。こういうことをいいたくはないが、なかには非礼なひともいるし、信じられない発言をするひともいる。
そういったひとたちに、論理的に反駁するのも有効かもしれない。でも、もっと有効なのは「私は、あなたの発言を聞いて、大変に深く傷ついた」とか、「そんなことをいわれるとは、理屈ぬきで、あまりにも哀しい気持ちです」ということだ。
つまり、正しさを主張するのではなく、さらに、相手に倫理を求めるのでもなく、ただただ、自分自身の内心を語ればいい。相手を窮地に追い込もうと思えば、「あなたから、そこまで言われたので、自殺しようと思います」といって、哀しみの顔のまま下を向けばいい。それによって、相手に反省を促すことができるだろう。
ここには、きわめて面白い逆説がある。
言い争いとは、自分の主張を相手に届け、正しさを納得してもらうことに、勝利の要因があると思われている。しかし、そんな合理的な内容では、誰も負けを認めない。いっぽうで、誰もが議論をやめようとするのは、その相手がことさらに傷ついたと強調するときだ。ここに現代の奇妙さがある。
攻撃的に意見をいうひとにたいして、怒りの感情をもつことがある。あるいはイライラすることがある。しかし、「私は深く傷つきました」といってくるひとには、なかなか二の句が継げない。むしろ自分自身がイヤになるほどだ。眠れなくなる場合もある。
自分が深く傷つくことが、もっとも相手を傷つけることになる。
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