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プロ野球怪物伝

2020.02.17 公開 ポスト

野村監督が語る清原和博 私の記録を抜くはずだった男【再掲】野村克也

野村克也さんの選手評は、いつも冷静で的確で、なにより野球と選手への愛がにじみ出ていました。心よりご冥福をお祈りします。

野村さんの著書『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)では、教え子である田中将大、「難攻不落」と評するダルビッシュ有から、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手まで、名将ノムさんが嫉妬する38人の「怪物」を徹底分析しています。

*   *   *

「右バッターでおれのホームラン記録を抜くとすれば、この男だ」

PL学園時代の清原和博を見た私は、確信した。

プロ1年目からレギュラーに定着した清原は、ルーキー最多タイの31本塁打を放ち、打率と打点も高卒ルーキー歴代最高の.304、78打点を記録して新人王を獲得。日本シリーズでは4番に座り、シリーズ首位打者の活躍で日本一に貢献した。プロに入っても怪物だった。

「このままいけば、おれどころか王の記録も抜くかもしれない」

私は思ったし、期待もしていた。

ところが──その後は記録的には平凡といっていい数字しか残すことはなかった。それはなぜなのか……。

天性だけで野球をやっていた

記録的には平凡と述べたが、清原はプロ通算で2338試合に出場、打率.272、歴代5位の525本塁打、同6位の1530打点とそれなりの数字を残し、黄金時代の西武を牽引した。とりわけ日本シリーズやオールスターといった大舞台における強さは特筆もので、日本シリーズには10度出場し、優秀選手賞に3回、敢闘賞に2回輝き、8度の日本一に貢献。18回出場したオールスターでは7回MVPを獲得している。

とはいえ、彼の素質を考えればやはり物足りない。なにしろタイトルを一度も獲っていないのである。持てる才能を発揮しきれずに終わったといっていいだろう。

その原因はやはり、天性だけで野球をやっていたことにあると思う。清原の打席を見て私は、「考えているな」と感じることがほとんどなかった。配球を読んだり、バッテリーと駆け引きをしたりしているなという感想を抱いたことがなかった。

清原クラスのバッターに対して、ピンチの場面でストレート勝負にくるピッチャーはふつういない。ストレートは見せ球として使い、勝負は変化球というのがセオリーである。それなのに清原は、いつでもストレートを待ち、ボール球の変化球に手を出して三振することが多かった。

そのうえ、相手がストレートを投げてこないと、「それでも男か!」と逆ギレする始末。体力、気力、技術だけでなく、知力も総動員してぶつかり合うのが真の男対男、力対力の勝負である。清原は勘違いしているとしか思えなかった。

ずいぶん前になるが、一度銀座で清原と出くわしたことがあった。そのとき、清原が言った。

「先輩、ひどいじゃないですか。ぼくのことをバカだと言ったでしょ」

私が清原について本で述べているのを誰かに聞いたらしい。

「いや、バカとは言ってないよ。『頭を使っている感じが伝わってこない』と言ったんだ」

私はそう答えたのだが、清原が「考える」ことがなかったのは、天性に恵まれすぎていたからだろう。配球など読まなくても、駆け引きなどしなくても、天性だけで打ててしまう。考える必要など感じないわけだ。だから、勉強意欲、研究意欲に欠けざるをえない。

加えて高校時代からスーパースターで、プロでもいきなり結果を出してしまったから、のぼせあがっても不思議はない。周囲はちやほやするし、誘惑も増える。バットを振るより、遊んでいるほうが楽しいに決まっている。二十歳そこそこの若者なら、どうしたって流されてしまう。

ただし、それは清原だけの責任ではない。周囲、とくに指導者の責任は大きいと私は思う。そのことで私は、清原が入団したときの西武の監督だった森祇晶(もり・まさあき)に言ったことがある。

「清原をダメにしたのはおまえだぞ。鉄は熱いうちに打てという。清原が入ってきたとき、おまえがきちんと『人間とは』『野球とは』ということを叩き込んでおけば、すごいバッターになっていたはずだ」

現役後半はケガに悩まされたが、これも若いころの不摂生が原因だったのではないか。30代半ばあたりからウェイトトレーニングに精を出すようになり、プロレスラーのようになったが、いたずらに身体を大きくしたことはかえってマイナスになったようだ。

若いころの清原は、柔らかい下半身を活かし、広角に打ち分けていた。低めのボールも、ひざをうまく使って腰を落とすようにして水平に振り抜き、右方向へ打ち返していた。それが、身体を大きくし、パワーをつけたことで、上半身頼み、腕力頼みのスイングになってしまい、バランスを失ってしまった。故障も増えた。

引退後、清原は指導者としてどこからもお呼びがかからなかった。あれだけの選手だったのだから、監督やコーチになってもおかしくないどころか、球界のためにもなってしかるべきだった。原因は、私生活でさまざまなトラブルを抱えていたことにあったらしい。そのあげくが、覚醒剤所持の疑いでの逮捕である。

情状酌量の余地はないが、もう少し勉強意欲を持っていたなら、プロ野球でも怪物になれたのに……彼には大いに期待していただけに残念でならないのである。

 

*   *   *

この続きは、『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)で。全国の書店で好評発売中です。

野村克也『プロ野球怪物伝 大谷翔平、田中将大から王・長嶋ら昭和の名選手まで』

攻略法のなかった松井、
史上最高の右バッター落合、
本格派と技巧派、変幻自在のダルビッシュ……
私が嫉妬する、38人の"常識はずれ"な男たち。

王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手から、大谷翔平、ダルビッシュ有、佐々木朗希ら新世代のスターまで、名将ノムさんが38人の“怪物”たちを徹底分析!


 

【本書でとりあげる怪物たち】
●大谷翔平……最多勝とホームラン王、両方獲れ
●田中将大……もはや気安く「マーくん」などと呼べない存在に
●江夏 豊……「江夏の21球」明暗を分けた佐々木への6球
●清原和博……私の記録を抜くはずだった男
●伊藤智仁……史上最高の高速スライダー。彼のおかげで日本一監督に
●清宮幸太郎……左ピッチャーとインコースを攻略できるか
●佐々木朗希……"163キロ"の豪腕は本物か。令和最初の怪物候補
●イチロー……現役晩年に見られたある変化
●王 貞治……あえて注目したい「四球数」の記録
●長嶋茂雄……ボールをキャッチしようとした瞬間、バットが目の前に
●金田正一……ピッチャーとしては別格、監督としては失格
●稲尾和久……正確無比の制球力でストライクゾーンを広げてみせた
●江川 卓……元祖・怪物。大学で「楽をすること」を覚えたか
●松坂大輔……実は技巧派だった平成の怪物
●ジョー・スタンカ……忘れられない巨人との日本シリーズでの一球
●ランディ・バース……バックスクリーン3連発を可能にした野球頭脳
●柳田悠岐……誰も真似してはいけない、突然変異の現役最高バッター
●山田哲人……名手クレメンテを彷彿とさせる、三拍子揃った新時代の怪物
●山川穂高……大下、中西、門田……歴代ホームラン王の系譜を継ぐ男 ほか全38名

野村克也『野村のイチロー論』

「正直に言う。私はイチローが好きではない。しかし、彼の才能に最初に目をつけたのはこの俺だ」――名将がはじめて書いた、“天才・イチロー vs. 凡人・野村” 究極の野球人間論!

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野村克也

1935年、京都府生まれ。54年、京都府立峰山高校卒業。南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)にテスト生として入団。首位打者1回、本塁打王9回、打点王7回、MVP5回、ベストナイン19回、ダイヤモンドグラブ賞1回などの成績を残す。65年には戦後初の三冠王(史上2人目)にも輝いた。70年、捕手兼任で監督に就任。73年のパ・リーグ優勝に導く。その後ロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)、西武ライオンズでプレーし、80年、45歳で現役引退。89年、野球殿堂入り。通算成績は3017試合、2901安打、657本塁打、1988打点、打率.277。指導者として、90~98年、ヤクルトスワローズ監督、リーグ優勝4回、日本一3回。99~2001年、阪神タイガース監督。06~09年、東北楽天ゴールデンイーグルス監督。現在は野球評論家。『野村のイチロー論』『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)など著書多数。

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