作家の町田康さんが自らの断酒の顛末を綴った『しらふで生きる 大酒飲みの決断』が文庫になりました。解説は宮崎智之さんによる「常に正気でい続けることの狂気」。発売を記念して、単行本発売時のインタビューをあらためてお届けします。
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「名うての大酒飲み」と言われた町田康さんが4年前にお酒をやめた顛末を微細に綴った『しらふで生きる 大酒飲みの決断』が話題です。30年間毎日飲み続けた町田さんに起きた大変化。あらためてご自身に語っていただきました。
(構成:鳥澤光 撮影:塚本弦汰)
最初の一年は飲みたい気持ちがまだあった
――『しらふで生きる 大酒飲みの決断』はどんな本ですか?
町田 この本は、僕が「なぜ酒をやめたのか」、「どうやってやめたのか」、「やめてどうなったか」を書いた3部構成になっています。4年ほど前に酒をやめて、最初の1ヶ月は「酒飲みたい」とばっかり考えていました。そこから酒のことを考えない時間がだんだん増えてきて、それでも最初の1年くらいは「飲んでたな、飲みたいな」という気持ちがまだあった。
その頃に『小説幻冬』でこの連載が始まって、飲まない時間が積み重なって「そういえば飲んでたな」に変わっていき、今はもう酒を飲みたいと思うこともなくなりました。
――連載時の「酒をやめると人間はどうなるか。或る作家の場合」からタイトルが改められました。
町田 これは、僕がどうやって酒をやめたのかという実地の体験を書いた本ですから、禁酒・断酒したい人の役にも立つかもしれない。でもハウトゥー本ではなくて、もうちょっと、人間が生きるとはどういうことかについて考えた本であるということで、いろいろ迷ったすえにこのタイトルになりました。
――禁酒・断酒については、エッセイや小説に書き残したいと考えられていたんですか?
町田 いや、それはあまりなかったんです。このテーマで、と依頼をもらって、月に一回原稿を書きながら、自分の思いや感覚について考えていきました。幻冬舎では最初に出したのが『餓鬼道巡行』という食の本で、次が家のことを書いた『リフォームの爆発』。食、住ときて今度は酒。たまたまですが、生活について書いた本が続きました。
――今回は美食、外食でも、ご自宅のリフォームでもなく、飲酒をやめるご自身が観察の対象になっています。
町田 本の冒頭では「自分ならざる自分」や「意志せぬ自分」というものが出てきて、どちらが「正気」でどちらが「狂気」なのか、という神話的な戦いも行われます。そんなふうにして、自分の中に降りていくような作業をしながら書いた本ですね。
自分のことってどうしてもいいように書きたくなってしまうし、自分の内側はどうなっているのか? と考えていくことって結構難しい。
逆に「また飲んでしもうたがな」、「いや、それにはこうしたわけがあって」みたいにするのもおもしろいのですが、今回は飲酒という慣習から離脱していく状況ですから、そっちにはいきませんでした。
酒がなくても全然いける
――本の帯には《30年間毎日酒を飲み続けた作家》とありますが、ご自宅でも外でも飲まれていたんですか?
町田 だいたいは家で一人で飲むんですが、仕事を終わらせて夕方3時〜4時から飲み出すと、8時〜9時くらいに一回眠たなるんですよ。そのまま寝て、明け方に起きて仕事するというのがパターンだった。
でもときどき夜中の2時とかに目が覚めてしまう。さあこれを朝と考えるか夜と考えるか、朝なら仕事、夜なら酒やけどどうしようかと悩んだり、まだ夜やろ、とウイスキーを飲んだりしていました。もうこれは習慣というか依存ですね。昔でいうたらアル中ですよ。
――《酒を最上位の快楽と位置づけて生きてきた》とも書かれています。
町田 そう。快楽だけならいいんだけど、飲酒には苦しみもあるわけです。どんな苦しみがあるかは本にも書きましたが、たとえば二日酔いという苦しみは、酒をあまり飲まなければ重くないし、たくさん飲んだら重くなる。じゃあ飲めば飲むほど快楽が増えるのか? というと、ある一定のところを超えるともう快楽すら感じられなくなる。
なんだかわからないまま、ただ飲み続けている状態になって、苦しみの方が大きくなってしまう。そんなことなら少ない量を飲めばいいんじゃないか。さらにおし進めると、もう酒を飲まなくてもいいんじゃないか、ということですね。
――やめられる前と後で飲酒についての考え方は変わりましたか?
町田 これまで30年間、酒は自分の人生にとってなくてはならない人生の楽しみ、人生の余禄だと思っていたんだけど、いつの間にかそれが余禄じゃなくて目的になっていた。酒が一番、あとはおまけ。それではダメだ! といざやめてみたら、なくても全然いけるやん、と思うようになりました。酒にかんしていうなら、根本的に考えが変わりましたね。
――その境地に至るには、飲み続けた30年間が必要だったのでしょうか。
町田 どうでしょう、わかりませんけども、あと10年、せめてあと5年早くやめていたらよかったなとは思います。酒を飲むというのは言ってみれば逃避ですから、やめることで現実と向き合う時間が増えた。できることももっと増えただろうと。
ただ、酒飲みにとっては酒をやめるというのはすごくハードルが高いことですから、この本を読み終えてから、また楽しく飲むもよし、やめてみるもよし。僕も酒が好きだったので、むやみにそれを攻撃するような本にはしたくないと思いながら書いていました。
(後編に続く)
しらふで生きる
元パンクロッカーで芥川賞作家の町田康さんは、30年間にわたって毎日、お酒を飲み続けていたといいます。そんな町田さんがお酒をやめたのは、いまから7年前のこと。いったいどのようにしてお酒をやめることができたのか? お酒をやめて、心と身体に、そして人生にどんな変化が起こったのか? 現在の「禁酒ブーム」のきっかけをつくったともいえる『しらふで生きる』から、一部を抜粋します。
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