野村克也さんの選手評は、いつも冷静で的確で、なにより野球と選手への愛がにじみ出ていました。心よりご冥福をお祈りします。
野村さんの著書『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)では、教え子である田中将大、「難攻不落」と評するダルビッシュ有から、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手まで、名将ノムさんが嫉妬する38人の「怪物」を徹底分析しています。
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記憶に残るダルビッシュとの投げ合い
その後、田中は楽天のエースとしてローテーションの核となり、順調な成長を見せた。
ピッチャーの安定感は何から生まれるかといえば、私は次の5つだと考えている。
第一に、アウトコース低めに決められる原点能力。第二に、ほしいときにストライクを稼ぐことができる多彩な球種。第三にゴロを打たせる力。第四に、バッターにインコースを意識させること。そして守備とクイックモーションの技術である。
田中はこの要素を着実に身につけていった。ただ、若さゆえ、いつでも全力投球をしていた。どんな状況であっても、どんなバッターに対しても、フルスロットルで立ち向かっていった。それが顕著に出たのが、ダルビッシュと投げ合った2011年7月の日本ハム戦だった。
先取点を許したのはダルビッシュだった。2回にストレートを狙い打ちされ、3安打を集中された。しかし、先に述べた危機察知能力と回避能力に秀でたダルビッシュは、決してストレートの伸びが悪かったわけではないにもかかわらず、ストレートは見せ球にしてインコースを意識させ、カーブとスライダーでカウントを稼いで最後はフォークかスライダーで勝負という組み立てに切り替えた。
対して田中はどうだったか。調子はダルビッシュを上回っていたように私には見えた。しかし、4回に稲葉篤紀に浴びたツーランが命取りとなった。このホームランは、追い込んでからの7球目、真ん中低めに入ったスライダーを運ばれたものだった。その直前に田中はフォークをファウルにされた。それでスライダー勝負という選択になったと思うのだが、ダルビッシュならもう一球ワンバウンドになるくらいのフォークで稲葉を誘ったのではないかと思う。そこにダルビッシュとの差を感じさせたものだった。
しかし、同じ失敗を繰り返さない田中は、次第にこうした投球術を身につけていく。
うまく緩急を織り交ぜるだけでなく、ふだんは140キロ台のストレートとスライダーを使ってできるだけ少ない球数で打たせてとることを覚えた。そして、ここぞというときは、ギアを一段も二段も上げ、150キロの速球とキレのある変化球を投げ込んだ。それが2013年の24勝無敗という、途方もない記録を生み出すことになったと私は思う。
その翌年、ヤンキースに移籍してからも、田中は6年連続2ケタ勝利をあげたように、つねに安定した成績を残し、開幕投手を4度務めるなど、メジャー屈指の名門チームでエースといっても過言ではない存在となっている。もはや私ごときが気安く「マー君」などとは呼べなくなってしまった。
ただ、こんな話を聞いた。田中はヤンキースで背番号19をつけている。私と同じだ。
何か関係があるのか気になっていたのだが、最近知らされたことには、ヤンキースからいくつか番号を提示されたとき、楽天でつけていた18に似ていたことに加え、やはり私の存在を「少なからず意識した」のだという。悪い気はしなかった。
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【本書でとりあげる怪物たち】
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プロ野球怪物伝
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