東京のとあるホテルのスイートルームでは、ハリウッド俳優へのインタビューが行われていた。
早朝から夕方まで、分刻みで入れ替わり立ち替わり記者やライターが部屋にやってきては、質問をする。通訳として同席していた私は、毎日ホテルに缶詰状態の俳優を気の毒に思ったが、若い頃から数え切れない銀幕を飾ってきたスターである彼は、そんな多忙なスケジュールも慣れたものであった。
お昼休みや移動中、少しでも自由な時間があると、彼はすぐに持ってきたペーパーバックを開き、読書に夢中になっていた。後でプロデユーサーに聞いた話によると、イーサン・ホークは、かなりの読書家であるらしい。
四日間続いた取材の最終日、イーサンがずっと読んでいた本をパタンと閉じた。そしてソファに寄りかかり、目を閉じて、「あ~、面白かった!」と一言。彼のその時の笑顔は、とても生き生きとしていた。
先日、通訳の仕事の帰りに会った友人に、通訳と役者は似ているね、と言われた。深く考えたことはなかったけれど、全く違う人間の言葉を代弁するという意味では、似ているのかもしれない。
演じる役に共感することは、役者にとって大切なことなのだろうか。私の場合、通訳をする相手と同じ価値観を持つ必要はないけれど、やはり少しでも共感できるところがあると、通訳もしやすいし、言葉も素直に出てくる。
共感は英語で empathy という。-Pathy の語源はギリシャ語のpathos (感情)、emはin、つまり、入り込むこと。相手がどんな立場で、何を感じ、どのように世の中を見ているのか。想像力がなければ、他者と共感することはできない。
最近私が読んだ本の中に、コンピューター科学者ジャロン・ラニアーの一冊がある。ラニアー氏は、FacebookやTwitterといったSNSは、ユーザーの欲求や興味に合わせて調整されているため、多面的に物事を捉えることが難しくなると語っている。他者と同じ世界を共有しているという感覚がどうしても薄れてしまうのだ。
だからこそ、アメリカでは今、想像力と共感の力を同時に鍛えてくれる本の大切さが、ひそかに見直されているらしい。
ホテルの部屋でインタビューに応じながら、コーヒーを飲んだり、鏡の前でちょっと髪を整えたりしていたイーサン・ホークをよく覚えている。何をしていても絵になった彼だけれど、読書をしている彼の姿は、格別に素敵だった。
はたして彼は今、どんな本を読んでいるのだろう。
英語で伝えるということ
世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。