野村克也さんの選手評は、いつも冷静で的確で、なにより野球と選手への愛がにじみ出ていました。心よりご冥福をお祈りします。
野村さんの著書『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)では、教え子である田中将大、「難攻不落」と評するダルビッシュ有から、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手まで、名将ノムさんが嫉妬する38人の「怪物」を徹底分析しています。
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走・攻・守、すべてにおいて超一流
なぜ、イチローは怪物的な記録を残すことができたのか。
ひとことでいえば、天才だからである。
では、彼のどこが天才なのか。
イチローのバッティングからは、配球を読んだり、狙い球を絞ったりしている様子はあまり伝わってこない。すなわち、来た球に反応している。
しかし、並のバッターにそれは不可能だ。ストレートを待っているときに変化球を投げられれば、即座に反応するのは非常に難しい。だから、私のような凡才は、配球を読み、狙い球を絞るのである。つまり、すべてのバッターに共通のテーマである「変化球への対応」を苦もなくやってのける。そこがイチローの天才たる所以なのだ。
イチローはあえてボール球を打ちにいくことさえある。「頭では打てないとわかっていても、身体がひょっとしたら打てるぞと思う」そうだ。だからイチローは言う。
「ぼくにとっては、選球眼より選球体が重要」
目ではなく、身体でストライクかボールか、打てるか打てないかを判断するというわけだ。私にはまったく理解できないが、天才とはそういうものなのだろう。
ただし、実際にヒットにするには卓越した技術が必要だ。左バッターというものは、できるだけ早く一塁方向に踏み出したいという意識がフォームに表れるものだ。イチローも例外ではない。スイングのなかにスタートの意識が見える。そうなると、スイングのステップと走塁の一歩目が一緒になり、ふつうは走り打ちになる。それでは強い打球が打てないばかりか、変化球でタイミングが崩されやすくなる。
しかし、イチローはそうならない。たとえ変化球でタイミングを狂わせられたり、フォームを崩されても、抜群のバットコントロールでヒットにしてしまうのである。
なぜそれが可能なのかといえば、大谷のところでも述べたように、右足のつま先が外側を向かないからだ。だから右肩が開くことなく、バットを合わせることができるのである。
なぜつま先が開かないのか──。「打席でもっとも気をつけていることは何か」とインタビューで聞かれて、イチローはこう答えていた。
「左肩をピッチャーに見せないよう、つねに意識している」
右肩ではなく、左肩というのがイチローらしいなと思うのだが、私なりに解釈すれば、「グリップをできるだけ最後まで残す」という意味になる。左肩を見せないよう意識すれば、必然的にグリップがギリギリまで残り、絶対に右肩が開くことはない。
右足のつま先も外に向くことなく、カベが崩れないというわけである。
イチローの天才ぶりはバッティングにとどまらない。そこがすごい。走・攻・守、すべてにおいて超一流──こんな選手は、イチローをおいてほかにいない。しかもイチローは、メジャーリーグにおいても超一流であることを証明したのである。怪物というしかないだろう。
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