野村克也さんの選手評は、いつも冷静で的確で、なにより野球と選手への愛がにじみ出ていました。心よりご冥福をお祈りします。
野村さんの著書『プロ野球怪物伝』(幻冬舎)では、教え子である田中将大、「難攻不落」と評するダルビッシュ有から、ライバルだった王貞治、長嶋茂雄ら昭和の名選手まで、名将ノムさんが嫉妬する38人の「怪物」を徹底分析しています。
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二刀流復活を目指す大谷翔平だが、以前のようなピッチングができるようになるかといえば、正直、私は疑問だ。もちろん復活はするだろう。けれども、ケガをする前と同じスピードボールを投げるのは不可能だと思う。
実際、1999~2011年に手術を経験したピッチャー147人を対象にしたデータでは、復帰したシーズンに10試合以上投げた投手は67%。フォーシームのスピードもわずかだがダウンしているそうだ。
完全復活のカギとなるのはやはり、下半身の使い方だろう。そのためにはどうすればいいのか。
まずはやはり、走ることだろう。金田正一さんがいい見本だ。カネさんがピッチング練習をしているのを見たことがない。ひたすら走っていた。その影響をもっとも受けたのが村田兆治で、彼もよく走った。
もうひとつ、効果があるのは遠投だ。遠投は上体だけではできない。嫌でも全身を使って投げなければならない。やり投げを見ればわかる。遠くに投げるには、上体だけでなく、全身を使わなければならないはずだ。おのずとバランスのいい投げ方が身につくのである。
遠投はカネさんもよくやっていた。カネさんはランニングと遠投で、大きな故障をすることなく400勝したのだから、これに勝る説得力はない。東映フライヤーズで活躍した尾崎行雄も、「遠投がいちばんよかった」と話していた。
下半身をうまく使えるようになれば、バランスのいい、理にかなったフォームで投げられる。そうなればコントロールがよくなるのはもちろんだが、おのずとスピードも戻るはずである。
同時に、バッティングにも好影響を与えるはずだ。ピッチング同様、バッティングでも大切なのは下半身だからである。バッティングは、ギリギリまでグリップを残せるかが重要である。バットが早く出てしまうと、身体が開きやすくなる。グリップを残すためには、「足→腰→腕」の順で動くことが必要であり、そうしてこそしっかりした強い打球が打てる。ヘボバッターはこれが逆、すなわち「腕→腰→足」の順で動いてしまう。上半身に頼りがちになるのである。
足のなかでももっとも大切なのが、ピッチングと同じくひざだ。人間にはいろいろな関節があるが、「皿」があるのはひざだけである。肩やひじには皿はない。「それはどういう意味か考えろ」と選手たちによく言ったものだが、ひざがはずれたら何もできない。はずれないように皿でカバーしているのだと私は理解している。つまり、いかに人間にとってひざが大事であるかということだ。
よく、緊張しているバッターに「肩の力を抜け」とアドバイスする指導者がいる。
私も二軍のころにはよく言われたものだ。しかし、そういわれるとますます力が入ってしまうもの。肩の力を抜こうと意識すればするほど硬くなってしまうのである。
そもそも、肩の力を抜いてしまえばバットを振れるわけがない。「肩の力を抜く」とは「リラックスしろ」という意味で、要は無駄な力が入らなければいいわけだ。そこで私が気づいたのが、「ひざの力を抜く」ことだった。実際に意識してやってみると、身体全体の無駄な力が抜けてリラックスできるのである。
リラックスしてひざを動かすことができれば、自動的に肩と腰が回り、肩と腰が回れば腕がスムーズに出てくるものだ。大谷のバッティングを見ていると、まだまだひざをやわらかく使えているふうには見えない。才能に恵まれすぎているがゆえに、バッティングでも上体のほうが勝ってしまっている。いまのままでもあれだけのバッティングができるのだから、下半身、ひざを上手に使えるようになれば、それこそ手がつけられないバッターになる可能性がある。ぜひとも、下半身の使い方を身につけてほしいと思う。
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【本書でとりあげる怪物たち】
●大谷翔平……最多勝とホームラン王、両方獲れ
●田中将大……もはや気安く「マーくん」などと呼べない存在に
●江夏 豊……「江夏の21球」明暗を分けた佐々木への6球
●清原和博……私の記録を抜くはずだった男
●伊藤智仁……史上最高の高速スライダー。彼のおかげで日本一監督に
●清宮幸太郎……左ピッチャーとインコースを攻略できるか
●佐々木朗希……"163キロ"の豪腕は本物か。令和最初の怪物候補
●イチロー……現役晩年に見られたある変化
●王 貞治……あえて注目したい「四球数」の記録
●長嶋茂雄……ボールをキャッチしようとした瞬間、バットが目の前に
●金田正一……ピッチャーとしては別格、監督としては失格
●稲尾和久……正確無比の制球力でストライクゾーンを広げてみせた
●江川 卓……元祖・怪物。大学で「楽をすること」を覚えたか
●松坂大輔……実は技巧派だった平成の怪物
●ジョー・スタンカ……忘れられない巨人との日本シリーズでの一球
●ランディ・バース……バックスクリーン3連発を可能にした野球頭脳
●柳田悠岐……誰も真似してはいけない、突然変異の現役最高バッター
●山田哲人……名手クレメンテを彷彿とさせる、三拍子揃った新時代の怪物
●山川穂高……大下、中西、門田……歴代ホームラン王の系譜を継ぐ男 ほか全38名
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