今年もM-1の季節です。
いまや国民的人気のサンドウィッチマンは、2007年のチャンピオン。
敗者復活からの大逆転劇を見せたわけですが、あの日までは、その名を知る人も少なく、焦燥の中にいました。
彼らの青春時代から震災後の近況までを綴った『復活力』(幻冬舎文庫)より、M-1で勝ち上がっていったあの「奇跡の瞬間」を公開します。
* * *
【伊達みきお】
「かき回してきます」というコメントが決勝で実現した
決勝戦。いよいよ、僕らの出番が来た。
あんなにも憧れた、晴れの舞台だったけど、正直、ネタをやり切ることに集中していて、感慨に耽(ふけ)る余裕はなかった。
1本目は「街頭アンケート」。すべりだしは上々だ。
富澤も落ち着いている。後で、M – 1の決勝を録画で見ると、あいつは舌をペロッて出したり、両手でピースして見せたり、茶目っ気のあるところを見せている。普段はそんなご機嫌なことしないのにな。イラッとした。いつも、そういう感じでいてくれたらいいのに。まあ、あいつも普段のテンションじゃなかったんだろう。
ネタ中、僕は割と相方の目を見る。ウケてねぇなぁ、どうする? っていう無言のサインを出すときもあるし、富澤が乗ってるときと乗ってないときの感触を見極めることもある。
この決勝のときは、いたって普通だった。
意外なほど、ネタに入ると神経を集中できた。
決勝は、地方の営業でしょっちゅう経験した、あの“完全アウェー”の雰囲気だった。
「このふたり誰?」という空気のまま、ちょっと微妙な感じでネタが始まる。まあ、見た目がこれだから、ひと目惚れなんかしてもらえないコンビだし、しょうがない。
だけど、どんな場所でも僕は思っている。ネタを最後まで見てくれ! 絶対に面白いから! と。富澤の書くネタは、本当にすごいんだ。ちゃんと聞いてくれたら必ず満足させられるから! いつも、そう祈って漫才をやってきた。
完全アウェーは慣れっこだ。僕らは淡々と、ネタを進めた。
正直なところ、最下位にはならないだろうと思っていた。敗者復活で決勝に来た勢いを、自分で感じていたから。それに審査員は、みんな超一流のプロ芸人だ。これが女子高生ばっかりのゴングショーだったら、ドンケツで負けかもしれないけど。M – 1はちゃんと、実力を見てくれると信じていた。
ネタの最初のブレイクポイント、「このアンケートどこで知りましたか?」「お前だよ!」
のくだりで、ドッと笑いが起きた。
このとき、スタジオの空気が、「こいつら面白いかも!」という、ウェルカムの空気にサッと変わった。予定通りだ。
スベッた! という失敗だけ避けて、いつも通りにネタを進めた。
終わらせたとき、やっと、ふぅっと安心のため息をつけた。
舞台をはけて、司会の今田さんのもとに行く。そのとき、初めて審査員の方々を見ることができた。とても直視できなかったけど。うわ、マジでM – 1の決勝だ……という興奮が、再びじわっと押し寄せた。
審査では、やはり島田紳助さんと松本人志さんの得点が気になった。松本さんの評価は本当に見逃せない。僕は『ダウンタウン』で育ったど真ん中世代だし、若手芸人にとって唯一無二の、笑いのカリスマ。あの人からどう評価されるのか、30歳前後の若手芸人なら誰だって気になるだろう。
さらに緊張したのは、紳助さんの得点だ。紳助・竜介さんは漫才の頂点を極めた天才コンビであり、DVD『紳竜の研究』は擦り切れるかと思うほど見た。僕だけじゃなく、M – 1に出場したすべてのコンビにとって、神様みたいな人だ。紳助さんからの評価で、これからの漫才師としての指針が決まるかもしれない、それぐらいに思っていた。
もちろん他の審査員の方々の評価も、すごく気になることには違いないし、それぞれの方のコメントが本当に勉強になった。なんてったって、審査員はみなさん、手の届かないような大御所の実力者ばかりだ。そんな方々に真正面からコメントをいただけるなんて、こんなありがたいことはない。
得点発表の瞬間。
松本さん紳助さんのおふたり、何とか高得点を出してくれ! と祈っていた。
そうしたら、95点と98点。その日の決勝進出コンビ中、最高の評価だった。
そして総得点は、651点。2位のキングコングを1点抜いての1位通過だ。
大歓声が起きた。耳鳴りが、わんわん聞こえた。
この日、2度目のまさかの瞬間だった。
突然、富澤が抱きついてきた。高校時代から、一度もそんなことしたことないのに。やり慣れてないもんだから、あいつの腕がメガネに当たって、ずり上がった。「いてえなこの野郎!」というのが、最初の感想だった。
紳助さんからは「おもろい漫才やった」とべた褒めしていただいた。オール巨人師匠からは「なんでこれだけのコンビが敗者復活に回ってたんや」と言ってもらえた。
かき回してきます! というコメントが、実現した瞬間だ。
僕は、それだけで、もう大満足だった。
【富澤たけし】
思いがけないタイミングで、伊達と意見がぶつかった!
得点発表の瞬間。
最初、意外だったのは大竹まことさんとラサール石井さんの点数が、割と低かったことだ。
おふたりとも東京の芸人さんだから、東京組の僕らには少し甘くしてくれるかな……という淡い期待もあったんだけど。やっぱり審査はシビアだ。
でも、松本人志さんと紳助さんの点数が高かったのは、嬉しかった。
95点と98点は、その日の決勝進出コンビ中、最高の評価だった。
伊達も同じことを思っているだろうけど、このおふたりに高い評価をもらえるというのは、若手芸人にとっては、嬉しいことなんだ。松本さんが仮に100点を出してくれたら、一生自慢できるだろう。
そして最終結果は──。
総得点、651点。2位のキングコングを1点抜いての1位通過だった。
僕は思わず、伊達に抱きついた。あいつのメガネがずれたけど、気にしない。心のどこかで、「こうしたら感動的に映るんじゃない?」という、やらしい気持ちもあった。
1位通過した瞬間、してやった! という喜びはもちろんだけど、伊達の言った「かき回してきます!」のコメントが、恥ずかしい結果にならなかったことに、まずは安心した。
ファイナル決勝のネタは「ピザのデリバリー」でいこうと決めていた。
サンドウィッチマンの現時点での、看板ネタのひとつ。番組のオーディションでも、地方の営業でも、どこでも満足な結果を出せる自信ネタだ。
ファイナル決勝にまで来ると、明確に思い描いてたわけじゃない。でも最終の3組に残れたら、こういう戦い方をしよう、ああいう「間」で攻めようという、シュミレーションは十分にできていた。
M – 1チャンピオンなんて、夢のまた夢でしかなかった。だけどもし、現実にチャレンジできるのなら、ステージで慌てふためかないための筋肉はしっかりつけておこうと準備してたんだ。
ところが。ここでひとつ問題が起きる。
ネタ順を決めるときに、伊達が「1番で行こう!」と言いだしたのだ。
はあ、何言ってんだこいつ!? とびっくりした。
伊達の言い分としては、1位通過で勢いがついてるから、その流れに乗って行けばいいと。
それで結果を残せた方がカッコいいじゃん! みたいなフシもあって。バカかこいつは‥‥‥と頭を抱えた。キングコングとトータルテンボスのネタは、スピードとパワーがある。そういう意味では似たタイプのネタ運び。一方、「デリバリー」はスピードではなく「聞かせる」タイプのネタ。このネタで勝負するなら、似たタイプのネタを2つやってからの方が有利。逆にトップバッターや二番手では、後にやる組の方がスピードがある分、面白く感じられてしまう。それに、スベッたらそれはそれで面白いし。何を血迷ってんだ、こいつは。
この期に及んで、僕と伊達は言い争いになった。本番中だってのに。
「ダメだよ! 3番目で行こうよ」
「いやいや、トップバッターの方がいいって!」
「違うだろ! 当然、トリのが有利なんだからさ!」
「でも今の勢いがなくなっちゃうだろ!」
ぐぅぅ、困った。
わかってくれない。
僕は過去のM – 1を分析していて、ファイナル決勝の出番でトップバッターを務めたコンビは、1組も優勝していないというジンクスがあるのを知っていた。あえてそのジンクスに挑戦するというカッコ良さは確かにあるけど、今の僕らが、カッコつけられるようなコンビか!?
ファイナル決勝が始まる直前のCM中、僕は伊達を説得した。
時間は数分間しかない。
焦った。
あんなに必死に、あいつを口説いたのは、コンビ結成を頼んだとき以来だ。
とにかく1番手だけは避けなきゃダメだ。ジンクスもあるし、トータルテンボスとキングコングの仕上がりぶりを見ろ、先手になったら、絶対に不利になる。それに大井競馬場から連れて来られて「ピザのデリバリー」はネタ合わせできてないだろう! 前の2組がネタやってる間に少しでもネタ合わせしなきゃダメだ。……などと、ありとあらゆる言葉を駆使して伊達に折れてもらおうとした。
このときが、さっき書いた、僕の譲れない場面だった。
CMが明けた後、3組がステージ上に並ばせられた。
今田さんが、ネタ順を1位通過の僕らに最初に聞いた。
伊達が答えようとする。僕は平気な顔をしてたけど内心では、手を握って祈っていた。頼む伊達、トリでいってくれ……。
すると。伊達は堂々と「3番で!」と答えた。
誰にも気づかれないよう、僕は安堵のため息を、鼻からフゥゥとついた。
これで万全の態勢で、ファイナル決勝に臨める。
はずだったが……。
ネタ中に、サンドウィッチマン史上、最大のピンチがふりかかった。
(つづく)
復活力
コワモテなのにカワイイ!?と、圧倒的人気を誇るサンドウィッチマン。
「一番好きな芸人1位」(2018.7月号「日経エンタテインメント!」)にも選ばれました。
しかし、彼らは、2007年のM-1グランプリで”奇跡の優勝”をするまでは、“知られてない芸人”でした。
今こそ、あらためて、サンドウィッチマンを知りたい!
そこでおススメなのが、こちらの新刊。
サンドウィッチマンの原点が、赤裸々な素顔が、ぎゅうぎゅうに詰まった一冊です。
宮城から夜行バスに乗って上京し、10年間ふたりで暮らした安アパート。
2人で舞台に出たら、観客も2人しかいなかったこと。
伊達が富澤に感じた”自殺”の気配。
ついに得たチャンス、M-1の決勝で「ネタがとんだ!」こと。
文庫版にのみ収録された、東日本大震災の復興への思い……
恋人も嫉妬する、甘~~い蜜月は、今も続いています。
最高にアツいエッセイの登場です!