今年もM-1の季節です。
いまや国民的人気のサンドウィッチマンは、2007年のチャンピオン。
敗者復活からの大逆転劇を見せたわけですが、あの日までは、その名を知る人も少なく、焦燥の中にいました。
彼らの青春時代から震災後の近況までを綴った『復活力』(幻冬舎文庫)より、M-1で勝ち上がっていったあの「奇跡の瞬間」を公開します。
* * *
【富澤たけし】
ネタが飛んだ! ついにここで死んだ……と思った
「ピザのデリバリー」のすべりだしは、営業の舞台と同じ手ごたえだった。
遅れてきた配達人が「配達に行くかどうかで迷ってました」と言う頭のボケで、スタジオにドッと笑いが起きた。こうなったら、後は研究した通り。4分間での、最も効果的で笑いのとれる、デリバリー・M – 1バージョンを展開するだけだ。
今日はさすがに、伊達のアドリブのツッコミはない。「街頭アンケート」での「早くしろよ、焼きたてのメロンパン売り切れちまうだろ」といったツッコミなど、あいつが舞台上で思いついたネタもけっこうある。プッと笑わされるから、「アドリブはやめろ! ネタが飛んじゃうから!」と怒るんだけど、伊達は一向にやめる気配がない。まあ、結果的にネタが面白くなってるからいいのかもしれないけど、度が過ぎるようだと、もっと毅然と抗議しなきゃな。
アドリブもほどほどがちょうどいいんだ──と、ネタ中にぼんやり思っていたら。
「腹たつなぁ、お前。……ムカつくなぁ」
と、伊達がツッコミを、2回繰り返した。
ん!?
2回目の「ムカつくなぁ」は台本にない。
意識的に伊達の視線をずっと避けていたけど、その時パッと目が合った。
伊達が、目でSOSサインを送っている!
ヤバい! こいつ飛んでる! 次のネタが思い出せてない!!
(どうしよう……!!)
いきなり訪れた、緊急事態のトラブルだ。
そこまで何もかも順調だったから、僕もパニックだった。このくだりで、過去、ネタが飛んだことは一度もない。しかもネタが飛ぶのはだいたい、僕の方だった。それが、このときに限って、いきなり伊達に来た。
最悪なのは、伊達の「飛び」が瞬時に伝染して、その先のネタを僕も思い出せなかったことだ。
(マズい……!! フォローしてやれない!!)
脳の中はF1エンジンのようにフル回転した。
どうする!? ここのネタはカットするか、だとしたらどこから始める!?
あそこか、ここか!? いや、あのくだりだ!!
待て、それだとオチまで4分を切る!!
じゃあ、あのネタを代わりにさしこむか!?
ダメだ、その後の流れにつながらない!!
どうしたらいい!?
何か思いつけ!!
すると──伊達が。
「ふざけてんだろ、お前!」
と、フッとネタを思い出してくれた!
ホッとした……そこからは僕も気持ちを立て直して、「ピザのデリバリー」を順調に進めることができた。
焦った。本当に、ヤバかった。
このトラブルの間は、コンマ1秒、あるかないかだ。
たぶん見ている人は、僕と伊達がパニックになっているなんて、気づかなかっただろう。
でも僕は、本気で「あっ、死んだ……!!」と思った。ここまで上がってきて、憧れの場所で、夢だった漫才をやれて……ここで失敗するのか! と、膝をガックリつきそうだった。
もし伊達がネタを思い出さなかったら、あの後、ふたりで意識を失ったようにマイクの前に突っ立ってただろう。沈黙は1分か2分か……完璧な放送事故の映像だ。日本中のお笑いファンが見ている、視聴率20パーセントを超える番組で、そんなことをやらかしたら、芸人を強制引退させられても仕方ない。
あの一瞬のトラブルを楽しめるほど、僕の器はデカくない。全身の血液が急に冷水になったかのような、戦せん慄りつのトラブルだった︒大げさじゃなく33 年の人生が走馬灯のように脳裏をバーッと駆け巡った。
人生で初めて体感する最高の昂揚をくれたM – 1の決勝。
逆に、M – 1の真の怖さも、突きつけられた。
なめたら、大変な目にあうんだ……。
『M – 1グランプリ2007』の特典映像の密着ドキュメントで、このファイナル決勝の直後の、僕の映像が映っている。
舞台の袖で、膝に両手を置いて、大きくうつむいた後、泣きそうな顔で天を仰いでいた。
M – 1という舞台に棲す む、気まぐれな魔物と、気まぐれな女神の圧倒的な力に、ただ呆然としている、飾りのない素の表情だ。
【伊達みきお】
サンドウィッチマン史上、最大のピンチがネタ中に起きた!
「ピザのデリバリー」は、ピザを頼んだ客(伊達)とムカつく配達人(富澤)の応酬で繰り広げるネタだ。
配達時間に遅れてきた配達人が「行くかどうかで迷ってました」と言う頭のボケで、グッと場をつかんだ手ごたえを感じた。空気が、営業のときと同じ、確かなウェルカム感に変わった。よしよし、順調だなと思った。
「責任者(を呼べ)」という僕の言葉を「テクニシャン(を呼べ)……ですね」と聞き間違える富澤のボケに対して、「面白そうだな、待ってみようか」というツッコミは、僕のアドリブで生まれた。ドンとウケるし、けっこう気に入っている。ツッコミの部分は、富澤は基本的に空白にしてくれる。僕はそこに勝手にツッコミの言葉をはめていくんだけど、ネタの直前まで、何を言うかは富澤に教えない。舞台上で披露して、あいつをプッと笑わせたいからだ。
富澤は「ネタが飛んじゃうから、やめてくれ」っていつも言うんだけど、やめない。言ったら、つまんないから。あいつが舞台で笑うのが、こっちも楽しいし、追いこまれる顔を見るのも好きだ。よくそれで小さいケンカをしたよ。
あいつとはしょっちゅうケンカするけど、殴り合いになったことは一度もない。そこまで腹が立ったことがないんだ。もし何かがブチッとキレて、お互いに手を出し合ったら、そのときは解散だろう。でも、たぶんないような気がする。何でだろう、16歳のときから一緒に
いるからか、お互いに兄弟みたいな感覚かもしれない。兄弟だったらどんなにケンカしても、兄弟の関係はなくならないだろう? これを仲睦まじいコンビと言うのかどうかわからないけど。ともかく、漫才の相方としては誰よりも頼れる奴だ。
というようなことを、ぼんやりネタ中に思い出していたら。
ん、あれっ……。
あっ!?
ネタが――飛んだ!!
僕はこのとき、ネタを忘れてしまったんだ。
(次……何を言うんだっけ!?)
と。頭の中は沸騰してパニック。
富澤と目が合った。あいつも気づいたようだ。
(だ、大丈夫か!?)
と目が揺れた。富澤も、どうしていいかわかってなかった。
M – 1グランプリ決勝、ファイナル。生放送。ネタの大トリ。何台ものテレビカメラ。大御所の審査員の人たち──。いろんなプレッシャーが一気に、固まりになって僕にのしかかってきた。
やばい!? サンドウィッチマン、ここで、おしまいだ!!
と青くなりかけたとき。
神の救いがきた。
「ふ、ふざけてんだろお前!」
と、次のネタをフッと思い出したんだ。
ホッと息をついて、何とかネタを進めることができた。
この間、コンマ1秒ぐらいの出来事だけど、僕と富澤にしかわからなかった、サンドウィッチマンの史上最大のトラブルだった。
「ピザのデリバリー」でネタが飛んだことは、過去に一度もない。寝ながらでも暗唱できるようなネタだ。
なのに、あんなピンチに陥るとは。
これこそが、M – 1グランプリ決勝の怖さ、なんだろうと思った。
ネタが終わってから、感じたのは安堵感だけだった。
舞台を降りるとき、気づいたら両膝が、ガクガクと震えていた。
(つづく)
復活力
コワモテなのにカワイイ!?と、圧倒的人気を誇るサンドウィッチマン。
「一番好きな芸人1位」(2018.7月号「日経エンタテインメント!」)にも選ばれました。
しかし、彼らは、2007年のM-1グランプリで”奇跡の優勝”をするまでは、“知られてない芸人”でした。
今こそ、あらためて、サンドウィッチマンを知りたい!
そこでおススメなのが、こちらの新刊。
サンドウィッチマンの原点が、赤裸々な素顔が、ぎゅうぎゅうに詰まった一冊です。
宮城から夜行バスに乗って上京し、10年間ふたりで暮らした安アパート。
2人で舞台に出たら、観客も2人しかいなかったこと。
伊達が富澤に感じた”自殺”の気配。
ついに得たチャンス、M-1の決勝で「ネタがとんだ!」こと。
文庫版にのみ収録された、東日本大震災の復興への思い……
恋人も嫉妬する、甘~~い蜜月は、今も続いています。
最高にアツいエッセイの登場です!