『悪夢のエレベーター』『悪夢の観覧車』などの悪夢シリーズで人気の木下半太さんの新刊が出ました。
タイトルは『ビデオショップ・カリフォルニア』。
二十歳のフリーター竜が、新しいバイト先に選んだレンタルビデオ店を舞台に、恋に裏切りに復讐に……。
竜は、コンビニでバイトしてのだが、クビに。その理由はお客さんとの大ゲンカ!
* * *
ドラゴンと腕相撲
おれの名は桃田竜(ももたりゅう)。
カワイイのかイカツイのかよくわからない名前だ。
名付け親は祖母。
小学生のとき、祖母に名付けの理由を訊いたことがある。
「藤波辰爾(ふじなみたつみ)が好きやったんよ」
祖母の答えに愕然とした。いくら藤波のアダ名が「ドラゴン」だからって。せめて坂本竜馬にしてくれよ、と子供心に思った。一生背負っていかなければならない名前を、プロレスラーから取らなくてもいいじゃないか。
祖母はプロレスの大ファンだ。プロレスの時間になると、テレビの前を陣取って煎茶を飲みながら、流血するレスラーたちをニコニコと観ていた。
「ドラゴン・スープレックスが好きやったんよ」
プロレスに詳しくないおれは、それがどんな技かは知らない。とりあえず、祖母には「カッコイイ名前つけてくれてありがとう」とお礼を言った。
おれは今年で二十歳になる。フリーターだ。コンビニでバイトしている。
阪急総持寺駅を出ると、赤と白のボーダー柄の細長い塔が見える。《フジテック》というエレベーター会社の塔だ。その塔のふもとに、おれがバイトをしているコンビニがある。
今日、そこをクビになった。
デグが客と喧嘩をしたのだ。
おれの勤務時間は深夜で、しかも一人体制だった。本来ならコンビニの深夜勤務は二人で入らなければならないが、人件費カットのため、一人で働かされていた。
おれは「怪しい客が来たらどうするんですか?」と店長に訊いたことがある。
「一人しかいないと悟られるな」と、店長は真顔で答えた。「怪しい奴が来たら、さも事務所に誰かいるような芝居をしろ」
店長は実際、見本をやってみせてくれた。レジカウンターの中に入り、「桃田さーん、そろそろ仮眠から起きてくださいよー」と、無人の事務所に向かって一人芝居をした。
不安もあったが、仕事は楽だった。眠気にさえ打ち勝てれば、自分のペースでやれる。廃棄の弁当も食べ放題、エロ本も読み放題だ。だから、デグも暇さえあれば、おれの勤務時間に遊びにきていた。
今日もおれたちは事務所の中でタバコを吸いながら、エロ本を読み、どうでもいいことをくっちゃべっていた。
ちょうど、この前のテレクラ事件の話で馬鹿笑いをしているとき、店内から男の怒鳴り声が聞こえた。
「なに、笑っとんじゃ! こらっ!」
しまった。話に夢中になりすぎて、客が来ているのに気づかなかった。
おれは慌ててレジカウンターへと出て行った。
「今、俺のこと笑っとったやろ!」男がおれの胸倉を掴む。
酒臭い。かなり酔っぱらっている。スーツ姿のサラリーマンだ。
「笑ってませんよ。他のスタッフと世間話をしてただけですよ」おれは営業スマイルで応対し、カウンターの外に出た。
「嘘つけ! 防犯カメラ見て笑っとったやろ!」サラリーマンがおれのみぞおちに膝蹴りを入れた。
まともに食らった。自慢じゃないけどおれは喧嘩が弱い。学生のときも不良たちの後ろに隠れて粋がっているタイプだった。
おれは呼吸ができず、おにぎりコーナーの前でうずくまった。
「ちょっと、何してるんですか?」デグが事務所から顔を出し、おれの隣に立つ。
「お前も笑ってたやろ?」サラリーマンがデグにも掴みかかろうとする。
「警察呼びますよ」
サラリーマンが一瞬怯んだ。「なんで警察が出てくんねん! 悪いのはお前らやろが!」
「……デグ……ええから」おれはヨロヨロと立ち上がって、デグを事務所に押しこもうとした。
「よくないやろ!」サラリーマンが、おれたちの間に割って入ろうとする。「俺はな、お前らみたいな奴らが一番ムカつくんじゃ! 社会をナメやがって!」
「社会は関係ないでしょ? こうしてちゃんと働いてるじゃないですか?」ここで働いてるわけじゃないデグが、言い返す。
「どこがやねん! ちゃんと就職してから言えや!」
「わかりました。こうしましょう」デグが、サラリーマンの両肩を掴んで押し返した。元バスケット部のデグは身長が百八十センチある。細身だが力も強い。
「な、なんやねん」
こういうときのデグは、いつもとんでもないことを言い出す。
「腕相撲で決着をつけましょう」デグが、サラリーマンをレジカウンターまで引きずってきた。
「は? お前何を言うとんのや?」
おれの言うことなど耳も貸さず、デグがおれの腕を引く。サラリーマンが戸惑っているのがわかる。
「リュウ、カウンターの中に入れ」
おれとサラリーマンは、レジカウンターを挟んで向かい合った。
「おれがやんの?」
「お前の喧嘩やろ」
「なんで腕相撲なんかせなアカンのじゃ! こらっ!」サラリーマンが怒鳴り散らす。今回ばかりは、サラリーマンと同感だ。
「傷害事件にしてもいいんですか? 困りますよね?」
「まあ……悪いの俺とちゃうけどな……」デグに言われて、サラリーマンが、ちょっと怯む。完全にデグのペースだ。
「オレは暴力が嫌いです。あなたに何があったのかも、ストレスを抱えているのかも知りませんが、オレたちに八つ当たりをするのはやめてください」デグが雄弁に語る。「ここは正々堂々と戦いましょう。勝っても負けても恨みっこなし。あなたが負けたら大人しく帰ってください」
「俺が勝ったら?」サラリーマンがジロリとデグを睨む。
「オレたち二人で土下座をします」
サラリーマンがニタリと笑った。「ホンマやな?」
「男に二言はありません」
おいおい、やるのはおれやぞ。正直、腕相撲には自信がない。
「やったろやんけ!」サラリーマンが上着を脱いだ。「元ラガーマンの意地を見せたろやんけ!」
よく見ると、サラリーマンはいいガタイをしていた。腹は出ているが、肩がガッシリしていて、腕も太い。
「かかってこいや!」サラリーマンが両足を開き、レジカウンターに右肘をついた。
おれは仕方なしに、サラリーマンの手を握り、腕相撲の形を取った。
「じゃあ、レディー」デグがサラリーマンの背後に廻りこむ。「ゴー!」
ガクッとサラリーマンの手から力が抜けた。呻き声を上げながら倒れこむ。
デグが、サラリーマンの股間を蹴ったのだ。
「な、なにやってんねん……」おれは、唖然とした。
「リュウ、逃げるぞ」デグが、走りだす。
自動ドアが開き、店の外へと飛び出していく。
「お、おい!」おれは制服姿のまま、思わず追いかけた。
「すまん! ついムカついてやってもうた!」デグが走りながら謝る。
「どこが、正々堂々やねん!」おれも走りながらツッコんだ。
一週間後、デグから電話があった。
『リュウ。バイトみつけたぞ』
「おう。よかったな。おめでと」
『オレちゃうわ。お前の仕事場やで』
「はあ?」おれはリモコンでエロビデオを止めた。
『お前がコンビニをクビになったんはオレのせいやからな』
デグは変なところで責任感がある男だ。
「職種は?」
『レンタルビデオ屋の店員』
「マジ?」テレビの画面は、島袋浩がOLの胸を揉もんだところで静止している。「……なんて店?」
『ビデオショップ・カリフォルニア』_
ビデオショップ・カリフォルニア
二十歳のフリーター桃田竜がバイトするレンタルビデオ店は、映画マニアの天国。映画には興味薄の竜も、悩殺ボディの同僚ができて桃色な日々。だが、東大進学した元カノがAV女優になって現れたり、店の乗っ取りの危機に遭ったり、さらには仲間の裏切りや失踪まで、まさか尽くし!情熱と衝動が止まらない、世紀末(2000年ミレニアム)を駆け抜ける僕らの青春物語。