『悪夢のエレベーター』『悪夢の観覧車』などの悪夢シリーズで人気の木下半太さんの新刊が出ました。
タイトルは『ビデオショップ・カリフォルニア』。
二十歳のフリーター竜が、新しいバイト先に選んだレンタルビデオ店を舞台に、恋に裏切りに復讐に……。
コンビニバイトをクビになった竜は、レンタルビデオショップで働くことに。
しかし「ハリウッドクイズ」を仕掛けてくる映画オタクの店長に、赤い髪で巨乳の同僚に、働く仲間がパンチきいてる!
* * *
ビデオショップ・カリフォルニア
《ビデオショップ・カリフォルニア》はJR摂津富田駅の裏にあった。
「ここ……この前、車停めた場所じゃねえか」
元日テレクラ事件のとき、デグの愛車を路駐した目の前に《カリフォルニア》はあった。
あの夜は、シャッターも降りてたし興奮もしてたしで、まったく気がつかなかった。
「あのとき、シャッターにバイト募集の紙が貼ってあったのを思い出してん」
「お前、結構、冷静やってんな……」おれは感心して言った。
「オレもバイト探してるから、『バイト募集』ってあると、すぐ目に入ってくんねんな」
デグは大学生だ。そこそこ賢い大学に通っている。つい最近までは家庭教師のバイトをしていたが、「人生勉強」と称して、教え子をボウリングやゲームセンターに連れて行くので、あっという間にクビになった。
「ちょっと待て」店内に入ろうとするデグを止めた。「お前と一緒に働くんか?」
「おう。そのほうがオモロいやろ?」
オモロいかもしれんけど……めちゃくちゃになる。
まあいい。友だち同士で面接を受けて、二人揃って受かるわけがない。
「採用! さっそく、二人とも明日から来てよ!」
あっさりと受かった。
オーナー店長は、テンガロンハットを被った、異様に陽気な男だった。
「いやあー、ラッキーだなぁ。即戦力が二人も来ちゃったよ!」
店長の胸についた名札には《米村》と書かれていた。年齢は不詳。三十代にも五十代にも見える。鼻が高く立派な口髭を蓄えているので、国籍まで不詳だ。
おれたちのどこをどう見て即戦力だと思ったのかは謎だが、金欠だったのでバイトが決まってひとまず安心した。
「ハリウッドクイズいくよ」突然、店長が言い出した。
「えっ? ……クイズですか?」さすがのデグも店長のノリに驚いている。
「ダスティン・ホフマンは、売れない時代、誰のアパートに居候していたと思う?」
おれたちは顔を見合わせた。わかるわけがない。
「ヒント、『フレンチ・コネクション』でアカデミー賞主演男優賞を受賞」
「すんません、わかりません」デグが即答する。
「第二ヒント、『許されざる者』でアカデミー賞助演男優賞を受賞」
「ジーン・ハックマンですね」事務所のドアが開いた。
燃えるような赤い髪をした女の子が入ってきた。革ジャンに破れたジーンズ、ロングブーツを履いている。
「あ、若林さん。おはよう。この二人が明日から入るからビシビシ鍛えてあげて」
若林さんは無表情のままおれたちにペコリと頭を下げ、革ジャンを脱いだ。
そのとき、奇跡が起きた。大げさではなく、ベートーベンの『歓喜の歌』がおれの頭の中で流れた。
素晴しく豊満な胸の持ち主だった。タートルネックのセーターだから余計に強調されているのかもしれない。とにかく丸みといい、大きさといいぷるっと震える弾力といい、信じられないほど美しかった。
若林さんは事務所の壁のハンガーに革ジャンをかけ、《カリフォルニア》とロゴが入ったエプロンをつけた。そのしぐさはスローモーションを見ているように優雅で、おれは彼女から目が離せなくなった。
そんなおれの気など知るわけもなく、若林さんはタイムカードを押すと、さっさと店内へと向かった。
「彼女は一番の古株だから、わからないことがあったらなんでも訊けばいいよ。映画監督を目指してるだけあって、映画も観まくってるしね。ちなみにあの赤い髪は『ラン・ローラ・ラン』のヒロインの真似をしてるんだ」
そのランララランとかいうのは映画のタイトルなのか?
知らない。聞いたこともない。
ここで働いていいのかと早くも不安になってきた。
「インパクトのある子やなぁ」デグは、おれの顔を見た。
おれは、心臓の鼓動がデグにバレないようにするのに必死だった。
これから共に働く子に一目惚れしたなんてバレたら、エラいことになってしまう。
「ここは変わった人らの集まりだけど、みんな根はいい奴らだから。すぐに辞めないでね」
バイト初日。店長が笑顔で言った。今日も相変わらず、テンガロンハットを被っている。
「すぐに辞める人が多いんですか?」デグが訊く。エプロンが致命的に似合っていない。
「うん。今残っている人以外は一週間ももたなかったね」
午前十時。まずは掃除から業務が始まる。今店内にいるのは店長とおれとデグの三人。
早い時間は比較的暇らしい。
おれは掃除をしながら店内を観察した。
そこら中に映画のポスターがベタベタと貼られている。見たことのないタイトルの映画が多く、一目でマニアックな店だとわかる。
驚いたことにアダルトビデオが一本も置いてなかった。これには心底ガッカリした。レンタルビデオ屋で働く上での一番の特権がないなんて。早くもモチベーションが下がりはじめる。
もう一つおれのやる気を削ぐことがあった。さっき、事務所にあったシフト表で確認したら、若林さんはおれたちと入れ代わりで勤務に入っているのだ……。
《カリフォルニア》は、おれの知っているビデオ屋とかなり違った。ビデオ一つ一つのパッケージに、スタッフの手書きコメントがついている。
「すげえな」モップを手にしたまま、デグもそのコメントに見入っていた。「どんだけオタクやねん」
どのコメントも細かい字でビッシリと書かれている。逆に読みづらくて不親切じゃないのだろうか。
「これはやりすぎやろ……」デグが一本のビデオを手に取った。背表紙に『ニキータ』とタイトルが書かれているが、表も裏もコメントの書いた紙で覆い尽くされていて、パッケージ写真の見える部分がほとんどない。
「それは、この店で一番オタクの吉瀬君が書いたものだよ」店長がニコニコ顔で言った。
「ここまでパッケージ埋めちゃっていいんですか? これじゃ、どんな映画かわからないじゃないですか」デグが顔をしかめる。
「いいの、いいの。お客さんに映画を愛する気持ちが伝われば」
伝わるというよりは、これじゃ脅迫に近い。
「ちなみに、これが若林さんのコメント」店長が恋愛コーナーから一本抜いた。
『トゥルー・ロマンス』だった。この映画なら観たことがあるが。
「これ、恋愛映画だったんですね……」おれは、思わず呟いた。
バイオレンス映画だと思っていた。ヒロインがチンピラにボコボコにされるシーンが、おれのこの映画の印象のすべてだった。
ところが、若林さんは《究極の恋愛映画》と書いていた。
うっとりするほど綺麗な字だ。
「おはようございます」
昼過ぎ、ダース・べイダーが《カリフォルニア》に入ってきた。比喩じゃない。ホンモノのダース・ベイダーだ。しかもナイキのボストンバッグを持っている。
おれとデグはポカンと口を開けたまま、身動きができなかった。
「あ、吉瀬君。おはよう」店長が何食わぬ顔で挨拶をする。
ダース・べイダーがペコリと頷いた。
「例のモノ持ってきてくれた?」
ダース・べイダーがボストンバッグを掲げた。
「じゃあ、さっそく着替えようか!」店長がおれたちに向かって手を叩たたく。「毎月一日はコスプレの日だから。今日、二月一日だろ?」
「おれらも着替えるんですか?」
「当たり前じゃない。ちなみに僕はインディ・ジョーンズ。桃田君はジェイソンね」
おれはアイスホッケーのマスクを渡された。
「出口君はエレファント・マン」
デグはボロボロの麻袋を渡された。
「これ、被るんですか……」デグが唖然としている。
「大丈夫。片方だけ穴が開いてるからそこから覗いて」
このバイト、いつまで続くだろう……。途端に自信がなくなってきた。
ビデオショップ・カリフォルニア
二十歳のフリーター桃田竜がバイトするレンタルビデオ店は、映画マニアの天国。映画には興味薄の竜も、悩殺ボディの同僚ができて桃色な日々。だが、東大進学した元カノがAV女優になって現れたり、店の乗っ取りの危機に遭ったり、さらには仲間の裏切りや失踪まで、まさか尽くし!情熱と衝動が止まらない、世紀末(2000年ミレニアム)を駆け抜ける僕らの青春物語。