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英語で伝えるということ

2019.12.28 公開 ポスト

Communicating from the heart

“英語が話せる”は、心のやりとりができること飯田まりえ

(写真:iStock.com/Massonstock)

このエッセイを書く機会をいただいたことをきっかけに、この一年、アメリカで仕事や生活しながら「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ことについて、色々と私なりに考えてきた。

通訳の現場は、私が発した言葉がそのまま視聴者に届けられるのだが、翻訳は、ベテランのライターや編集者の方々のフィルターを通して、ひとつの作品が出来上がる。

 

通訳としてもたくさんの課題を抱えているけれど、翻訳という仕事においても、私はまだまだ卵である。

いつも日本語の原稿を前に、様々なアプローチを試し、頭が痛くなるまで考えて、英語を照らし合わせている。その作業はまるで、日本独特な心情や考え方を正確に汲み取るためのネットを、英語で一生懸命に編んでいるような感覚だ。

でも私は、自分が編んでいるネットが脆く、どこか頼りない気がして、つい長々と編みすぎてしまう。

私の英訳の編集者は、日本語が読めるわけではない。小説家でもある彼女が見極めるのは、私の書いた英語が、伝わる英語であるかどうか。彼女の手にかかると、私の文は余分なものがすっかりそぎ落とされ、いつも30%ほど短縮されて返ってくる。

スピードと正確性が命の通訳も同じだ。うまく伝わらない時ほど、補うために不必要な言葉を付け足してしまう。それはもちろん聞き手にとってもわかり難く、心地よい通訳からは程遠い。

研ぎ澄まされた言葉を綴るために重要なのは、まず自分の中に知識の引き出しが沢山あることだ。そして、その中から言葉を選び出すセンス。

文章の構成や順序、リズムにも気をつけながら言葉を選ぶ。それができてこそ、聞き手を楽しませることができる。コミュニケーションは、エンターテインメントでもあるのだ。

私はよく、「英語を話せるようになりたい」と日本人から相談を受ける。そもそも、英語が話せるというのは、何が基準になっているのだろうか。英単語をいくつ知っていれば、英語が話せると言えるのか。

 


先日、引越しをした時のこと。主人がネットで頼んでおいた引っ越し業者は、つい最近ロシアから移民してきた二人組みの男性であった。

若い方の男性の英語は、なかなか流暢であったが、黙々と荷物を運ぶ大柄の年上の方は、カタコトしか話せなかった。

荷物を新居に運び終わると、彼は周りを見渡し、ニカッと笑って天井を指差した。そして私に向かってこう言った。

Good house!

移民の国であるアメリカでのコミュニケーションは、意外と自由で、柔軟である。

彼がもっと英語が得意であったら、You have a beautiful home! や、This is a nice house という表現をしていたかもしれない。

でも、新しい街に引っ越してきた私にとって、彼の選んだ言葉はありがたかった。Good house 、良い家だ。素敵な家、綺麗な家と言われるより、ずっと嬉しいし、これからの生活に希望と安心を見出すことができた。


英語で伝えるために、知識や経験ももちろん大事である。でも、話せる、ではなくて話したい、伝えたい。そう思った瞬間の勇気や、好奇心、そこから素直に湧き出る言葉に、自信を持ってほしい。

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英語で伝えるということ

世界的ブームとなっている片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんのNetflix番組「KonMari ~人生がときめく片づけの魔法~」の通訳として、そのプロフェッショナルな仕事ぶりが現地で称賛され、注目されている飯田氏。話者の魅力を最大限に引き出し、その人間性まで輝かせる英語表現の秘訣はどこに? 「英語で話す」ではなく「英語で伝える」ときに重要な視点を探るコミュニケーション・エッセイ。

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飯田まりえ

2006年ニューヨーク大学卒業。卒業後は東京都内の独立系映画製作会社に就職し、黒沢清、新藤兼人、鈴木清順、ミーラー・ナーイル、ジム・ジャームッシュを始めとした国際的な映画製作者の脚本の翻訳を担当する傍ら、通訳者としての実績を積む。2007年から米国の大手美術出版社 RIZZOLI NEW YORK の要請を受け編集、翻訳業務に携わり、建築、美術、映画、デザイン、写真、ファッションを含む多くの書籍を手掛ける。2011年コロンビア大学大学院卒業。卒業後はニューヨークにてフリーランスとして通訳、翻訳業を開始。現在は拠点をロサンゼルスに移し、映像作家の夫とともにテレビ番組等の脚本も執筆中。来年2020年には、共同で英訳している高村薫著作の『レディ・ジョーカー』がSOHO PRESSより出版予定。

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