連日メディアで報道されている、殺人、傷害、詐欺、窃盗といった犯罪。その裏には必ず、「加害者家族」が存在する。平和だった毎日が一転、インターネットで名前や住所がさらされたり、マンションや会社から追い出されたりと、まさに地獄へと突き落とされるのだ。『息子が人を殺しました』は、その実態を赤裸々に描いた一冊。ショッキングな事例をいくつかご紹介しよう。
* * *
それは一本の電話から始まった
早朝に鳴り響く電話のベル。後藤よし子(60代)は、悪い予感と共に目覚めた。この時間の電話によい知らせはない。
まず脳裏に浮かんだのは、90歳をすぎた母だ。倒れたりしていないといいが……。その次は子どもたち。事故に巻き込まれていないことを願いつつ、受話器を取った。
「○○警察署の……」
病院ではなく、警察──。受話器の向こうから語られる予想だにしない出来事に、よし子は一瞬、耳を疑った。
夫の康夫もまた、電話の音に親族の死を覚悟した。しかし、なかなか電話を切らない妻の様子が気になった。
「え? 何でしょう……、おっしゃっている意味がわかりませんけど……」
よし子は取り乱し、電話の相手に質問を繰り返していた。
康夫は、動揺する妻の様子に、子どもたちに何か起きたに違いないと感じた。
「よし子、誰か亡くなったのか?」
康夫は、そばに駆け寄り、いつまでも受話器を置こうとしないよし子に尋ねた。よし子から受話器を奪うと、電話はすでに切れていた。
「何の電話だ?」
康夫は、今にも倒れそうなよし子の体を支えながら問いただした。
すると妻は、こう言った。
「お父さん、あの子が人を殺しました……」
その言葉に、康夫は鈍器か何かで頭を殴られたような気がした。
「え? 何だって?」
「あの子が……、人を殺したんです……」
殺した──。康夫の中で、この言葉だけが繰り返し鳴り響いていた。
そして、この数日後、よし子から私のもとに「息子が人を殺しました」と電話がかかってきたのだ。
「後藤正人を殺人容疑で逮捕しました。被害者は、交際相手の池田愛子さん……」
警察署で説明を受けたよし子と康夫は、被害者の名前を聞いて、さらに衝撃を受けた。
池田愛子さんは、1年ほど前に、よし子の息子である正人が交際相手として連れてきた女性だった。正人は愛子さんと結婚したい、と幸せそうに話していた。なのに、なぜこんなことになってしまったのか……。
「愛子さんには、すでに息子さんとは別の交際相手がいたようです。別れ話がこじれたことが原因だと思われます」
よし子と康夫は、警察の言葉を信じることができなかった。冤罪の可能性がないわけではない。正人本人から真実を聞くまでは、信じたくなかった。
よし子と康夫は、事件の話はしないという規則のもと、10分ほどの面会が許された。アクリル板の向こうに、憔悴しきった正人の姿を見た瞬間、ふたりは思わず立ち上がった。
正人は、うつむいたまま泣き出した。
「ごめん……、本当にごめん……」
そう言いながら泣き続ける正人の姿を目の当たりにして、ふたりは絶望の底に突き落とされた。
「僕はやっていない、人殺しなんかしていない!」と訴える姿を、どこかで期待していたのだ。息子は人を殺した……。それは動かしようのない事実だと、このとき確信した。
加害者家族に待ち受けているもの
警察の話では、被害者遺族は加害者側との接触を拒否しており、謝罪に行くことは許されなかった。事件当時、愛子さんが同時に複数の男性と交際していたことが報じられ、世間からの誹謗中傷に遺族も相当苦しんでいるという。
正人が逮捕された日は、世間を騒がせる出来事が続いており、事件が大々的に報道されることはなく、自宅に訪ねてくる報道陣も少なかった。近所の人々は事件のことを知っているのか、それさえもわからなかった。嫌がらせを受けるようなこともなく、事件前と変わらぬ日常が続いていたある日、正人の妹の正美が泣きながら電話をかけてきた。
正美は、数年前から職場の同僚と交際していたが、兄の事件を知った彼が、別れたいと言ってきたという。正美は同じ職場で働き続けることに耐えられないので、退職して、しばらく実家で休みたいと訴えた。
翌日、正美の交際相手の両親が、親戚だという男性ふたりを連れて突然家にやってきた。あまりに威圧的な態度に、よし子と康夫は圧倒されてしまった。当事者同士の話は決着しているはずなのに、いったい、何の用なのか。
「殺人犯の家族との結婚は許すことはできません。私たちからもよく息子に言い聞かせ、別れてもらいました。ただ、息子も私たち家族も心配しているのは、正美さんからの復讐です」
「復讐? まさか、正美がそんな……」
交際相手の母親は、急に怯えたような口調で話し始めた。
「お兄さんがあんな事件起こしているんだから……、同じようにうちの子にも腹いせに何かするんじゃないかと……」
まるで娘も犯罪者であるかのような口調に、よし子は込み上げる怒りを抑えられなかった。
「それは、いくらなんでも酷すぎます……」
「とにかく、正美さんをきちんと監視しておいてください。うちとしては警察にも相談していますから……」
「もう、帰ってください!」
泣きながら取り乱すよし子を、康夫は必死でなだめていた。殺人犯の家族は、みな人を傷つけるというのか……。康夫も悔しくて涙が止まらなかった。
よし子と康夫は、15年の刑に服している息子を、今も待ち続けている。60をすぎて、加害者家族という名の人生が待ち受けているとは思いもよらなかった。
しかし、ニュースで報道される殺人事件の背後には、常にこのような地獄を背負う、加害者家族が存在するのである。