モバイルゲームなどの分野で快進撃を続ける新興企業、アカツキ。その創業者で社長をつとめる塩田元規さんの記念すべき初著書が、『ハートドリブン』だ。合理的に正解を出せる時代は終わった。数字・計画・思考だけではなく、感情・直感・感性を研ぎ澄ますことが重要だ、と語る塩田さん。その独自の哲学が詰まった本書から、一部をご紹介します。
* * *
人はなぜゲームをするのか。感情報酬という報酬
僕らの主力事業の一つであるゲーム産業は、パソコン、家庭用ゲーム機、スマートフォンなどプレイする環境が多様化し、市場規模は15兆円を超えるとも言われている(市場調査会社「Newzoo」の2018年4月30日調査レポートより)。
ゲームは、まさに人が感情価値にお金を払っている最たる例だ。
ゲームの種類に、「RPG(ロールプレイングゲーム)」がある。これは、物語の中で課題が与えられ、努力をして成長し、困難を克服し、目的を達成するゲームだ。ゲームをやらない人の中には、「なぜ、お金と時間を使って、あえて努力や困難を体験しているのか?」と思う人もいるだろう。現実世界だと、お金をもらってやるような苦労や労働を、お金を払ってやっているように見えるからだ。
僕は、これこそ、感情価値にお金を払っているんだと捉えている。ゲームの中で何かを成し遂げる喜びや、負ける悔しさ、ワクワクやドキドキ。色んな感情がゲームでは報酬になっている。感情の報酬だ。僕はこの“感情報酬”のパワーに魅了されて、ゲーム事業で起業した。
ゲームデザイナー兼研究者のジェイン・マクゴニガルは著書『幸せな未来は「ゲーム」が創る』の中で、ゲームを「目的があり、ルールがあり、フィードバックがあり、内発的・自発的動機があるもの」と定義している。
ゲームの作品世界における目的(ミッション)に共感し、一定のルールのもとで、フィードバックを受け取りながらプレイをしていくのがゲームなんだ。ユーザーが自発的にやりたくなる作品世界を作り、ワクワクやドキドキといった感情的な満足を得られるよう、適度な難易度を設定するなどのさまざまな工夫をしてゲームは開発されている。結果、ゲームの世界では外的インセンティブじゃなく、内発的な満足のために人は行動している。
人は感情報酬を求めているが、リアルで満たされる場所はまだ少ない
ゲーム産業が拡大していることは、人が心の満足を求めているという一つの例だ。近年、「モノからコトへ」の変化はしきりに言われているが、ゲームに限らず、フェスやモノづくりなど、さまざまな“体験”にお金を払うことが増えていると感じることはないだろうか。
安心、安全、便利が満たされれば満たされるほど、人は感情報酬を求めていく。
一方で、ゲームやイベント、テーマパークなど、エンターテインメント業界の成長は、人々が実生活でワクワクや喜びなどの感情報酬を十分に得られていないことを意味している。仕事一つをとっても、楽しんでいない人も多くいるだろう。
感情報酬のニーズは増えているのに、それを満たす場所はまだ少なく、そのギャップは大きくなっている。だからこそ、それを満たすもの、エンターテインメントを筆頭に、クリエイティブなもの、アート、文化的なものの価値が上がる。便利さの価値から、ワクワクする体験などの感情的な価値へと人が求めるものが変わっていく。この流れはどんどん加速していくと思う。
全ての産業で感情価値が大切に
この感情価値は、ゲームのような、娯楽や遊びと呼ばれているエンターテインメント産業以外の領域でも、今後ますます重要になってくる。全てのモノやサービスの価値の源泉が、機能的価値から、感情価値へシフトしていく中、感情価値で差別化することが求められる。それは、サービスに心が動く体験を加えるということだけじゃなく、自分たちの思想・哲学を大切にして差別化することと同じだと思う。
感情価値によってケタが変わる。思想や哲学が生み出す訴求力
感情価値は、制限がない。ワイン、車、時計などがわかりやすい例だ。
安いものから高いものまで金額の差が大きく、100倍の金額差があることも多い。でも、機能的には100倍の差があるわけではないし、100倍の原価がかかっているわけでもない。でも顧客は100倍の差に納得している。それは、機能的価値ではなく、その商品が持つ物語に共感し、ワクワクする感情価値にお金を払っているということだ。
これは、高級品だけの話じゃない。たとえば、僕はアップルの製品が好きで、パソコンもスマホもアップルの製品を使っているけれど、それはアップルの思想に共感しているところが大きい。