うつで一時期、寝たきりに近い生活だった私は、一年弱ぐらい経つと日常的に料理をつくれるようになった。自転車なら出かけられるが、気力はあまりわかない。夫に「そのままだったら、あかんようになるぞ」と言われ、仕事を少しずつふやし始めた頃。昔勤めていた会社に営業へ行って、フリーになり立ての頃に世話になった同期の男性を通じてまた仕事をもらい、社会生活にも復帰し始めていた。
でも、あまり口を閉じて寝られないので、口の周りが荒れ、ひんぱんに虫歯になった。友人関係もほとんどなかった時期で、外出する予定といえば歯医者に行く。そんな時期で、相変わらず人との交流は少ない。その頃の私は、毎日の献立づくりに苦しんでいた。
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料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。
うつ病になったら、料理がまったく出来なくなってしまったー。食をテーマに執筆活動を続ける著者が、闘病生活を経て感じた「料理」の大変さと特異性、そして「料理」によって心が救われていく過程を描いた実体験ノンフィクション。
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