「無気力だって立派な生存戦略なんですよ」。ある日、
連載二回目の今回は、「あること」に夢中になりすぎて失敗した古生物の話。
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私たちが眼にする化石の中で、とくに保存状態が良く、多くの部位が残されている化石は、“不慮の死”の結果であることが多い。
河川の氾濫に巻き込まれたり、底なし沼に足を踏み入れてしまったり、嵐に巻き込まれてしまったり。寿命を迎えて大往生した個体が化石として残る例は珍しい。なぜなら、不慮の“事故”による突然死でもない限り、その遺骸は、かなり高い確率で肉食動物に荒らされてしまうからだ。
そんな“不慮の死”の中でも、「極めつけ」といえるような標本がある。
戦闘に夢中で……
「ヴェロキラプトル(Velociraptor)」という小型の肉食恐竜がいた。全長2・5メートル。体重は25キログラム。おそらく全身が羽毛で覆われ、そして腕には翼があったと考えられている。最大の特徴は後ろ足にあり、その第2指に長さ10センチメートルほどの鋭い鉤爪があった。この鉤爪は可動式で、走行時は邪魔にならないように上向きになり、戦闘時には前向き、あるいは下向きにして強力な武器として使っていたとみられている。戦闘時にはその身軽さを生かし、“ラプトルキック”を獲物の急所に叩き込んでいたようだ。非常にアグレッシブな恐竜である。映画『ジュラシック・パーク』および『ジュラシック・ワールド』のシリーズに登場する「ラプトル」は、ヴェロキラプトルに近縁でよく似た姿をもち、ひと回りからだの大きい「デイノニクス(Deinonychus)」がモデルとされる。
「プロトケラトプス(Protoceratops)」という小型の角竜類がいた。全長はヴェロキラプトルと同じ2・5メートルだが、体重はヴェロキラプトルの7倍を超える180キログラム。四足歩行の植物食恐竜である。所属する角竜類というグループは、北アメリカの白亜紀の地層から化石がみつかっている「トリケラトプス(Triceratops)」に代表される。後頭部に大きなフリルをもち、頬が左右に張っていて、種によってはツノをもつという特徴がある。プロトケラトプスにはフリルはあるけれども、ツノはなかった。
ヴェロキラプトルとプロトケラトプスの化石は、ともにモンゴルから発見されており、同時代の同地域に生息していたことがわかっている。しかも、単純に「生息していたことがわかっている」だけではなく、肉食恐竜のヴェロキラプトルが植物食恐竜のプロトケラトプスを襲っていたことも確認されている。
まさにその襲撃の瞬間が保存された化石が、発見されているのだ。
その化石は「格闘恐竜(Fighting Dinosaurs)」と呼ばれている。ヴェロキラプトルがやや小柄なプロトケラトプスに襲いかかり、左足の鉤爪をプロトケラトプスの首に食い込ませ、プロトケラトプスはやられるままではなく、ヴェロキラプトルの右腕をしっかりその口にくわえこんでいた。
約8400万年前~約7200万年前(白亜紀後期)のあるときにモンゴルで行われていた「戦闘の瞬間」が、化石となっていたのである。群馬県の神流町恐竜センターで、その復元骨格を見ることができる。
そして化石がみつかるということは、そのまま死んだということである。
あまりにもその戦いに夢中になっていたために、2匹の恐竜は戦いの姿勢のまま砂に埋もれて急死した。格闘恐竜はそんな最期を物語る証拠だ。戦っている間に、近くの砂丘が崩れてしまったのか、あるいは大規模な砂嵐に襲われたのか。いずれにしろ、共倒れだった。
愛に夢中で……
ドイツ西部に「グルーベ・メッセル」という化石産地がある。この産地からは、新生代古第三紀始新世の約4800万年前~約4700万年前に生きていた動物の良質な化石が多産する。
2016年に、この産地からあるカメたちの化石が報告された。カメの名前は「アラエオケリス(Allaeochelys)」。大きさといい、姿といい、とくに変わったところの見えないカメである。
ごく“普通のカメ”に見えるアラエオケリスが注目された理由は、その化石の産出状況にある。からだが小さな雄と大きな雌がペアとなったものが9組あり、そのうちの2組は雄の尾が雌のからだの下にもぐりこんでいた。この化石を報告したチュービンゲン大学(ドイツ)のウォルター・G・ジョイスたちによると、これは「交尾中の化石」であるという。
グルーベ・メッセルという場所は、始新世当時、どんよりとした湖だった。この湖は、表層部分こそ多くの動物が棲む“普通の湖”だったが、深層には酸素が少なくて毒性の高い水塊があったとみられている。
9組のアラエオケリスは、おそらく表層で交尾を始めた。いや、おそらく9組だけではあるまい。この湖に生息するアラエオケリスたちは表層を生活圏とし、ほとんどの場合で表層で交尾を始め、多くの場合ですぐに“事”を終えていたのだろう。
しかし、少なくともジョイスたちによって報告された9組は、交尾に夢中になりすぎた。ジョイスたちは各ペアは沈んでいきながらも交尾を続け、そしていつの間にか毒性の高い深層に到達してしまったとみている。交尾に夢中になるあまり、自分たちの状況を把握できていなかったのだ。交尾の姿勢のまま化石になっているということは、即死かそれに近いものだったのだろう。
一つのことに夢中になりすぎて、まわりに注意を払わなければ、とんでもないことになってしまう。格闘恐竜やアラエオケリスの鳴らす警鐘を覚えておくべきかもしれない。
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『古生物のしたたかな生き方』では90種類以上の古生物を紹介しています。そのどれもが「そういう生き方&考え方もあるか……」と思わず参考にしたくなるものばかり。次回は、繁栄するに際して「攻撃」と「防御」のどっちが有利かを検証します。