バイトをしたらゲームオーバーと決めていた
――福留さんは、ご出身はどちらですか。
福留 鳥取という国がありまして(笑)、21歳までバイトしてて、21歳から25歳までニートして、25歳で上京してきました。
きくち なんで上京したの?
福留 その数年前から親父に「おまえが自由にしてていいのは25までだからなって言われてたんだけど、ついに25歳になっちゃった。それでその年、東京のデザインフェスタに初めて出てみたら、クリエーターがアホみたいに大勢いた。それを見て、「やべえ。俺、ちっちぇえ」って思ったから。
きくち それが初めてのデザインフェスタだったんだ。
福留 そう。東京なんてもう中学の修学旅行以来。デザインフェスタに出た時点で、800円ぐらいしか所持金がなかったけど、会場でオリジナルの缶バッジ売って、なんとか帰りのバス代を稼いだ(笑)。それで「いけんじゃね?」って思ったから鳥取に帰るのをやめて、それから1カ月間、東京にいました。
きくち 帰ってないの?
福留 帰ってない。野宿したり、知らん人の家に泊まったりしてた。鳥取は人が全然いないから、街で人を見てるだけでも面白くて、新宿駅とかにボーッと座ってずっと人を見てた。1カ月くらいしたら東京に慣れたから、よし、本格的に上京しようと思って、1回帰って、いろんな準備してまた出てきた。
きくち いくら持ってきたんだっけ。
福留 20万円ぐらい。とりあえず新宿駅に着いたので近くにあった不動産屋に入って、「一番安いところお願いしますって言ったら中野の家賃2万ぐらいの部屋を紹介してくれた。風呂なし、トイレ共同。それまで実家でのびのび暮らしてて、初めてこういう生活しかできないんだと知って、自分のレベルがわかったんですよね。
いくら家賃2万でも、最初はなんだかんだで10万ぐらいかかるから、あと3カ月ぐらいしか生きられない。でもバイトは絶対しない、バイトしたらゲームオーバーだって決めてた。親にお金を借りてもゲームオーバー。でももうお金が底を尽きそうになったから、残りの全財産で個展を開いたんです。
きくち 全財産ってことは、いくら? 最初20万円あったじゃん。10万円使ったじゃん。家賃払ったら、あと5万円ぐらい?
福留 うん、その5万円でトートバッグと缶バッジ作って、個展会場を借りた。その売り上げで1~2カ月は生きていけたけど、どんどんお金が減っていく。でもバイトは絶対しないというルールだからしなかった。でもついにお金がなくなって、泣きながら親に電話した。「すいません。お金貸して(グスングスン)」って。
きくち ゲームオーバーじゃん。
福留 それで確か6万借りたのかな。もう自分のなかでは個展しかなかったから、またトートバッグと缶バッジ作って個展を開いた。このときの個展は、「私以外でオナニーしたら殺す」っていうタイトルだったんですけど、それにめっちゃ人が来てくれて、初日に60001円を親父に振り込むことができたんです。
――利子1円。
福留 そのタイミングでヴィレヴァン(ヴィレッジヴァンガード)からグッズを置きませんかって話が来て、そこからなんとか絵で稼げるようになってきました。
きくち 風向きが変わったんだね。ちなみに画集の「私以外でオナニーしたら殺す」っていうタイトルさ、「自分を見て」っていう意味で合ってる?
福留 まあ、そうですね。「自分を見てくれ」というメッセージをちょっと過激に言ってる。この個展の会場のデザインフェスタギャラリーでは、複数の会場でいろんな人が同時に個展を開いていた。だからこそ、「他の人じゃなくて僕の個展を見て」という意味でも、ちょうどいいと思ったんです。
ウケることを狙う前に、まず自分のやりたいこと
――性や死のモチーフが福留さんの作品には頻繁に出てきますよね。そこに自分の生きにくさが共鳴して、はまっていく人がいるのは、わかります。一方きくちさんは「どうぶつーズ」のシリーズでは、できるだけハッピーになる言葉を伝えていきたいとおっしゃっていた。そういう意味では福留さんときくちさんの世界って、対照的ですよね。
きくち 確かに。僕は下ネタはまったく出しませんから。
福留 出すじゃん、「ちんぽこブラザーズ」ってキャラとか(笑)。
きくち たまにね!(笑) でも茜の作品は言葉は過激でも、裏側にはハッピーなメッセージがいっぱいあると思う。
福留 そうですね。だから結局、悪いことは言ってないというか、天使と悪魔みたいな絵だと思っているんです。
きくち 茜は自分のいいところも悪いところも、全部、絵に出すのがいいよね。このベロ出してるクマ、なんていう名前だっけ。
福留 ベン・ロック・マーティン、略して「ベロクマ」。友達とふたりでガストにいたとき、深夜4時くらいで、もう話すこともなくなって、ガンツスーツを着たクマを紙ナプキンに描いて見せたら、その友達がクスッとしてくれた。それがちょっとうれしくて、それから描くようになって、今はしょっちゅう絵の中に登場してます。
――おふたりの個性は違いますが、でも共通しているのは、万人受けをねらっていないところですね。誰が見ても、「ああ、かわいい」と思うような絵じゃない。
きくち まず自分のやりたいことを最初に出しておかないと、あとあと苦しいだろうから。
福留 僕の絵を嫌う人は絶対にいますから、もう無理じゃないですか。世間に寄せたものを描くのは。そこはもうしかたがない。食べた実がゴムゴムの実だった、みたいな。ゴムとか弱そうだけど、そのゴムゴムの実で、どういう技を出して戦っていくかだよね。
(構成:長山清子 写真:菊岡俊子)