きっと、昔のあなたを救ってくれる物語。
人との距離感に、SNSに疲れたすべての人へ──
小説『ホームドアから離れてください』2/6発売。
主人公ダイスケは、親友の自殺未遂をきっかけにひきこもる中学生。発端となった部活でのいじめ、ひきこもり、他者との交流を経て、過去の自分と向き合う様子を描いた青春小説だ。忘れていた繊細な気持ちを思い起こさせてくれる。
現在大学4年生の著者に、小説を書き始めた動機や、作品に込めた思いを聞いた。
* * *
──いつ頃から小説を書きはじめたのですか?
最初は中1の時でした。きっかけは、読んでいたライトノベルの後ろのページに、新人賞の募集が載っていたことです。それを見た瞬間に、小説家になると決めてしまいました(笑)。はじめて書いたのはラノベで、特殊能力を持つ者同士のバトルものでした。
──ライトノベルを書くなかで、『ホームドアから離れてください』のような青春を描く作風に変わっていった、そのきっかけは何だったのでしょうか?
高校2年生の時に、重松清さんの『ナイフ』に収録されている短編「ビタースィート・ホーム」を読んだことがきっかけです。この話の最後の一文が、「『セーフ』と私は言った。」で終わるんです。これ自体は単純な文ですが、実は何重にも意味が込められています。そういうかっこよさのある小説家になりたいと思いました。
──重松清さんに憧れて、小説を書き続けたんですね。
特に『きみの友だち』や『ゼツメツ少年』が好きです。友達を描いている作品に惹き込まれるんですよね。それで自然に、自分も友達の話が書きたいと思うようになりました。
広島に住んでいた高校生の時、友達を描いた短編で、市民文芸の賞をもらったことがありました。
表彰式では、審査員の方に「若さゆえの期待量込みでの受賞です」と言われ、悔しかったのを覚えています。
でも、早稲田大学に入って重松さんにお会いでき、この短編を読んでいただいた際に「才能あるよ」と褒めてもらえたのが自信になりました。
──それで今回の作品に繋がったのですね。
中学時代の、柔道部の先輩のことがずっと記憶にありました。その人は、進学した柔道部の強豪校でいじめられてしまったんです。長編を書くにあたり、そのことに向き合いたいと思いました。
──冒頭、部活でいじめられた親友が自殺未遂をしたことをきっかけに、主人公ダイスケがひきこもっています。家のなかで「オンコチシン」という不思議なことをしていますね。昔の思い出の品を一つ一つ取り出しながら、過去を思い出していくという……。
子供の頃、戦隊モノのおもちゃで遊んでいた時代って、すごくわくわくして楽しかったというのがあります。あの頃は与えられた娯楽もありつつ、自分の想像力で遊びを編み出していけるパワーみたいなものもありました。
また、過去が現在の自分の大部分を形作っているとしたら、外に出ないダイスケが、昔のことばかりを考えるのは必然です。
小さな頃と違って、将来のことを何も考えずに暮らせるわけではないダイスケが、オンコチシンをやったらどうなっていくのか、それを考えました。
──そのダイスケが外に出て、自分と向き合う鍵として「空色ポスト」が登場しますね。写真を投函すると誰かに届き、代わりに誰かから写真が届くという、不思議なポスト。自分の写真が誰に届くのか、誰から届いたのか、何も分からない。このアイディアは、どうやって生まれたのでしょうか。
地下鉄で隣に座っていた中年の男性がInstagramを開いていたんです。ふと見たら、電波が悪いから画像が読み込まれていないのに、次々と「いいね」を押していました。義務感だけでやっているのが、残念だと思いました。
それじゃあ、Instagramとまったく逆のものをと考えたときに、空色ポストを思いつきました。
──SNSの使い方は難しいと感じます。
会って話すのは楽しいのに、SNSだと別人に見えて、嫌いになってしまったり(笑)。文字だけだから言葉のインパクトが強くて、普段とのギャップを感じてしまうというのもありますね。本来なら複雑な文脈があるはずの感情が、「いいね」という形式で一括りにされてしまうのも厄介なところです。
──終盤、タイトルにもなっている「ホームドアから離れてください」とアナウンスされるシーン。ダイスケがそれを聞き、誰かが必死にしがみつく姿を想像する場面が、印象的でした。
渋谷駅でまさに「ホームドアから離れてください」というアナウンスが繰り返しかかる機会があり、何度注意されても離れない誰かがいるのが興味深かったんです。体感で5分くらいありました。その後何事もなくドアが閉まって発車したんですが、「これは距離感を間違えてしまうダイスケと同じだ」と思って心に書き留めました。
──この小説からどんな思いを受け取ってもらえたら嬉しいですか?
自分以外の誰かと同じ時間を共有して、顔を合わせて話したりごはんを食べたりするというただそれだけのことが、奇跡的だと思っています。友達であれ誰であれ、会って話せる人を大切にしようという気持ちになってもらえればうれしいです。
──当たり前になってしまって、気付きづらいことでもありますね。
広島から東京に出るとき、友達が泣いてくれたことがあって、とてもうれしかった。「友達になろう」なんてまず言わないので、お互いに友達だと思っていることはやっぱり奇跡です。
相手にとって自分は友達なのかどうか……。そこにちょっとびびってるんです、本心では。
ちなみに彼は本当にいい友達で、ダイスケの親友コウキのモデルにさせてもらいました。
──最後になりますが、今後どんな作家になりたいと思いますか?
友情を描くことは、原点として大切にしていきたいです。
ただ、書く意義や、どんな作家になるかについて悩むことはあっても、考えだした途端何も書けなくなります。だから、そんなことを考えている暇があったら書けばいいというのが、本音のところです(笑)。
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(近日中に、瀧井朝世さんの書評を公開いたします。お楽しみに!)