「夫婦がお互いを理解するために本を勧めあった格闘の軌跡である。」そんな一文で始まる『読書で離婚を考えた。』(円城塔×田辺青蛙)。単行本刊行時から話題となった本書が、2月6日に文庫で発売されました(解説は花房観音さん)。冒頭を抜粋してお届けします。実際には、本文の下に注釈がたくさん入っていますが、ウェブでは掲載が難しいので、ぜひ本でご覧ください。
《ルール》
i 相手に読ませたい本を指定する。
ii 指定された課題図書についてのエッセイを書き、次の課題図書を指定する。
iii iiを繰り返す。
・細則
01 課題図書は自分で読んだことのある本でなければならない。
02 課題図書は紙の本でなければならない。文字の有無、絵、写真の有無は問わない。
03 課題図書は入手が容易な本でなければならない。
04 シリーズものは、シリーズ中一冊を指定しなければならない。
05 分冊ものについては程度を考えなければならない。
06 課題図書には短編集の中の一編など、本の一部を選んでもよい。
07 課題図書をウェブ掲載以前に相手に知らせてはならない。
08 課題図書は読み手が自分で入手しなければならない。
09 エッセイの内容について家庭内で相談してはならない。
10 締め切りは守らなければならない。
第1回 読みますか? 読みませんか? 田辺青蛙
たまに夫婦でイベントや書き物の仕事依頼が舞い込むことがあったのだけど、夫が今までOKの返事を出したことはなかった。
理由を聞くと、夫婦漫才になりそうだから嫌だとか、なんとなくというような答えが返ってくることが多かった。
だが、ある冬の夜更けに部屋で本を読んでいるうちにこの連載のコンセプトがどこからともなく出てきて、お互いに本を紹介しあう企画連載をしようじゃないかという話となった。
今までずっと、私と一緒の仕事をすることに抵抗があった夫にどういう心境の変化があったのかは、私には分からない。
作家なのに、本をあまり読まない私の気を変えたかったからか、それとも単なる気まぐれな思いつきか。
夫の気が変わらないうちに早くしなきゃ! ということで、その日のうちに幻冬舎さんにいきなりこんな企画どうですかね? というメールを送ってみた。
急に夫婦の思いつきが書かれた、企画書のメールをもらった幻冬舎の編集者さんはどう思ったのだろうか。
ちなみに幻冬舎にメールを送った理由は、以前ウェブマガジン幻冬舎の福澤徹三さんの連載が面白かったからなのだが、まさかそれが形となってこうやって第1回を掲載してもらえるとは思っていなかった。
12月に一度、編集者さんを交えて連載開始前に打ち合わせを行った。
場所は大阪市内の喫茶店で、夫と私と編集者さんの3名。
まず最初に、何故この企画を思いついたのかということと、この連載のコンセプトは何かということから話が始まった。
「お互い本を勧めても読まないんですよ。私の人生を変えるような一冊であっても、相手がフーンだったりするし、例えばSFってジャンルも私はパトリシア・A・マキリップとかタニス・リーとか読むんですが、夫はその辺りにはあまり触れないんですよね。夫がよく読んでいるようなハードSFは敷居が高いような気がするし、イーガンやボルヘスとかピンチョンとかは私にとっては背表紙を眺めるものだったりします。
本棚を見るとお互いの人柄が分かるなんて話がありますが、うちは壁の前に本棚がバーンとあって、右と左の半分半分で分けているんですよ。私の方は妖怪とか呪いの本だとか、怪談やルポルタージュ作品、実際の事件を基にして書かれた『黒い報告書』のような作品や幻想怪奇小説が多くて、夫の方はPC関連の専門書や物理、数学の本、料理や手芸本、漢文や歴史書に洋書と、なんか見ると胃の辺りがシクシクと痛くなってくるようなもんばっかり並んでいるわけですよ。で、お互いにその中からこういうの読んで面白かったよと話しあううちに、なんとなく本を勧めあって読書感想文を交換しあえないだろうかみたいな企画がポンと頭から飛び出てきたわけです」
私がこう言うと、夫から君も料理本くらいは本棚から取り出していいんじゃないだろうか、テーマは読書を通じて相互理解は可能かということで、どうだろうという意見が出た。
「じゃ、テーマは『夫婦の相互理解』ということで決定しましょう。相手にお勧めする本のルールとかは予(あらかじ)め決めておいた方がいいですよね?」
「そうですね。まず手に入れにくい本はやめましょう」
「絶版本とかは有りにしますか?」
「とりあえずネット書店も含めて、相手に勧める前に在庫を確認してからにしましょう。それとジャンルは固定にしますか? 写真集や絵本や漫画も入れてしまいます?」
「ジャンルは絵本や漫画や写真集も可にしちゃいましょう。詩集や歌集もOKってことで」
「じゃ、例えば私が夫に宮沢りえの写真集の『Santa Fe』を選んでレビューを頼んだりしてもいいんですよね?」
「あら、懐かしい。『Santa Fe』って今、手に入れやすいんですかね?」
「今iPhoneからAmazonで調べてみたらユーズド価格700円からで在庫も数十冊ありましたよ」
「いきなり写真集? まずルールを決めてリスト化しません? 妻なら『こち亀』の既刊全部とか勧めかねないし、それで僕が選んだ本は読まずにタイトルだけで推測レビューを書きかねない」
「そんなことないですよ」
「声が裏返っていますよ、田辺さん」
そんなこんなの打ち合わせの後、この連載のルールの一覧表が出来た(《ルール》参照)。
最初の本選びは私からとなり、本当に夫には何を選んだのかを事前に知らせていない。
今年(2015年)は未年なので、羊にちなんだ本ということで『羊たちの沈黙』にしようと最初は思っていたのだけれど、折角夫婦で初の共同連載なのだし、憧れの気持ちもあり夫婦で作家の方の作品を選ぼう。
私も夫も遠く及ばないけれど、作家の吉村昭と津村節子ご夫妻の作品のうちで、私が好きで今までに何度も読み直してきた一冊にしたい。
夫の実家に行く度に熊の話が出るので津村節子の夫、吉村昭の『羆嵐(くまあらし)』に決めた。
私はずっと関西の人間なのだが、夫の生まれは北海道の札幌で、実家の近くに熊が出て、目がライトに照らされて青く光る話や、夫の友人が働く学校の近くを熊が悠々と歩いていた話を聞いた時は驚かされた。
そして何故か我が家ではよく熊害の話題が出ることが多い。もし、熊に襲われたらいかにして我が身を守るか、まず熊に出会ったら何をするべきか等の話をすると熱中しすぎて、かなりの時間が経っていることさえある。
さて、夫からの感想文はどんなものだろう。
読者としても書き手としても楽しめそうな企画なので、長く続けていけると嬉しい。
妻から夫への一冊 『羆嵐』吉村 昭
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続きは、『読書で離婚を考えた。』をご覧ください。
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