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どこでもいいからどこかへ行きたい

2020.02.09 公開 ポスト

一人で意味もなくビジネスホテルに泊まるのが好きだpha

嫌なことがあったら、日常から距離をとる。場所が変われば、考え方も、気持ちも変わるから。そんなふらふらと移動することをすすめるphaさんの『どこでもいいからどこかへ行きたい』が2月6日に文庫で発売になりました(解説は漫画家の渡辺ペコさん)。冒頭を抜粋してお届けします。

欲しいものは全て小さい部屋の中にあることに気づいた

一人でビジネスホテルに泊まるのが好きで、ときどき用もないのに泊まりたくなる。1泊4000円くらいの一番安いやつだ。

なんとなく毎日の生活に飽きてきたときとかに、ネットの旅行サイトでとにかく安いビジネスホテルを検索して、「1泊4000円プラス交通費を出せば、行ったことのない街でぶらっと散歩したり適当に飯屋でごはんを食べたりしてからいつもと違う部屋の清潔なベッドでゆっくり眠って朝を迎えられるのか……」と想像するだけで、なんだか解放感を覚えることができるのだ。

ホテルというのは日によって値段が変わるものだけど、日曜が一番安いことが多い。平日は出張の人が泊まるし、週末は休日に出かける人が泊まる。そのどちらもが来なくて空いているのが日曜の夜だからだ。日程に調整がつくなら日曜の夜を狙ってみよう。

ビジネスホテルのあの、とりあえず生活に必要なものは一通り揃っているけれど、全部高級ではなく安っぽくて、部屋も狭くて、でもそれなりに清潔感だけはある、という最低限かつ機能的な感じが好きだ。

変に高級なホテルだと、「ここはいい部屋なんだからあまり散らかしてはいけない……」とか「だらしない格好で寝そべるんじゃなくてもっと優雅に過ごさなければいけない……」とか、いろいろ遠慮して気を遣ってしまってくつろげなそうだけど、ビジネスホテルは安っぽい感じだからこそ、自宅と同じように気兼ねなく自由に過ごすことができる。

ビジネスホテルはどこに泊まっても画一的で同じような部屋なのもいい。日本全国どの土地のビジネスホテルに泊まっても、部屋に入るとワープして全部同じ空間につながっているんじゃないかというくらい、無個性で外界から隔絶されている量産型の水槽のような感じがある。

フロントで簡単なチェックインを済ませて、部屋に入ってドアを閉めた瞬間、「よっしゃー」という気分になる。でも別に部屋で何か特別なことをするわけじゃない。最初は少しテンションが上がって、意味もなく服を脱いで綺麗(きれい)にシーツがセットされたベッドにダイブをし、ムフーンとか唸(うな)りながら裸でごろごろ転がってみたりもするけど、すぐに我に返って落ち着いて服を着て、あとは一人でだらだらとテレビを見たりインターネットを見たりするだけだ。食事なんかも適当にコンビニで弁当を買ってきて部屋で食べたりする。

要は僕がビジネスホテルでやっていることは普段家でやっていることと全く変わらない。でもそれがいつもと違う場所だというだけでなんだかすごく楽しくて解放感がある。見てるものは同じはずなのにいつもと違う場所で見るインターネットはなんであんなに楽しいんだろうか。普段ほとんど見ないテレビもビジネスホテルでは面白く見たりする。それは、外で弁当を食べたりお酒を飲んだりすると美味(おい)しいのと同じことなんだろうか。

旅行をしても旅先でネットを見たり本を読んだりすることが多いんだけど、そういうことをしてると「せっかく旅行してるのにもったいない。もっと何か旅でしかできないことをすればいいのに」って言われたりする。でも、それはちょっと違うな、と思う。

僕の実感としては、「旅行中にインターネットをしている」のではなくて、「ずっと家でインターネットしてると飽きるからたまには別の場所でインターネットをしている」というほうが近い。部屋が好きだし部屋で過ごすのが好きだけど、でもずっと同じ部屋でネットをしているとなんか行き詰まったり飽きたりしてくるところがどうしても出てくる。だからたまにちょっとこもる部屋を変えてみるという、それだけのことなのだ。

僕は何もせずに部屋でだらだら過ごすのが好きだけど、そんな自分にもやはり少しの目新しさとか変化のようなものが何か必要なのだと思う。何もしたくないけどずっと何もしていないのもつらい。我ながら面倒臭いと思うけど、まあ人間はそういうものなんだろう。そうした「ずっとひきこもってたい」と「ずっと家にいると飽きる」という矛盾した欲求を両方満たすのが、「一人でビジネスホテルにひきこもって普段と変わらない生活をする」なのだと思う。もし将来すごいお金持ちになったら、毎日いろんな都市を移動しながら、いろんなビジネスホテルを泊まり歩くような生活がしてみたい。

でも、ビジネスホテルに泊まるのは好きだけど、同じ部屋に続けて2泊したいとはあまり思わない。せっかく日常から逃れて新しい場所に来たのに、2泊目に突入するともう部屋の新鮮さが腐り始めて、空間が日常に侵されていく気がするからだ。ビジネスホテルは1泊に限る。ずっと部屋でのんびりし続ける場所としては、やっぱりちょっと狭いし。

しかし、家にいてもビジネスホテルにいても一人で部屋にこもっているときに思うのは、「自分は20年前と何も変わってないな」ということだ。

中学生や高校生の頃、別にひきこもりではなく学校には行ってたけど、友達もいなくて部活もせず学校が終わるとすぐに帰宅して、ずっと自分の部屋でひたすら本を読んだりゲームをしたりしているのが好きだった。

その頃の生活と今の生活はほとんど変わらない。相変わらず部屋で本を読んだりゲームをしたりしている。変わったのは、中学生の頃は部屋にあったのがスーパーファミコンと週刊少年ジャンプと筒井康隆の小説だったけど、30代の今はそれがパソコンとスマホとインターネットに変わっただけだ。人間は年を取っても本質的には変わらないものだと思う。

ただ、もし一つ変わったことがあるとすれば「外の世界に期待をしなくなった」ということかもしれない。10代の頃は部屋にこもりつつも、なんか外の世界に対する焦りや期待や憧れがあった。「このままじゃだめだ」とか「外にはもっと面白いものがあるんじゃないか」という気持ちがあった。

その頃はまだ、世界はこんなにつまらないものであるはずがない、冴さえない自分の人生を劇的に変えてくれるものがどこかにあると信じていた。今の自分がたまたま持っていないだけで、その「何か」を手に入れればもっとうまく、もっと楽しく生きられるはずだと思っていた。

かといって「リア充を目指す」とか「学校をやめる」とか積極的に行動して自分の状況を変えようというほどアクティブじゃなかった僕は、なんとなく受動的に、だるそうな顔をしながら学校に通って、真面目に勉強するふりをしながら、頭の中でぼんやりと、高校に行けば何かが変わるはずだ、大学に行けば何かが変わるはずだ、一人暮らしをすれば何かが変わるはずだ、恋人ができれば何かが変わるはずだ、海外に行けば何かが変わるはずだ、などとひたすら空想し続けていた。

結局のところ、そのあたりの憧れていたものを実際に手に入れても、世界も自分も大して変わらなかった。人生を劇的に変えてくれる「何か」なんて存在しなかった。まあそういうものだ。

やっぱり10代の頃なんかは無駄にエネルギーが余ってる上にいろんな経験が足りないから、持ってないものに憧れて期待してしまうんだろう。そのうち年を取ると、それなりにいろんな経験をしたせいかそれとも単に体力がなくなってきたせいか、「もっとなんかやらなきゃ、あれをすれば人生が劇的に変わるかもしれない」みたいな焦りや期待はなくなってきて、「何をやってもどこに行っても大して変わらないし、まあ俺は大体こんなもんだよね」という感じで落ち着いてしまう。

結局、自分が欲しいものは最初から全て小さい部屋の中にあった。外に何かを求める必要はない。

ただ、同じ空間にずっといると飽きてしまったりするから、ビジネスホテルに泊まるみたいにときどきちょっとだけ環境を変えてやって、何か少し世界に新鮮味があるような錯覚を自分に与えてやればいいんだろう。大体世界に画期的な変化なんてほとんど起こらなくて、ほとんどは自分が少し世界の見方を変えることで何かが変わったような気がするだけだ。

人生なんていろいろあるようで結局そんなもので、狭い範囲を行ったり来たりしながら同じことを繰り返して、体力が余ったら適当に消耗させて、たまに気分を変えるために違うことをしてなんかちょっと新しいことをやった気分になって、そんなサイクルを何回も何回も何回も何回も繰り返しているうちに、そのうちお迎えが来て死ぬのだろう。まあそんなもんでいいんじゃないだろうか。

なにゆゑに室(へや)は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす

前川佐美雄

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関連書籍

pha『どこでもいいからどこかへ行きたい』

家にいるのが嫌になったら、突発的に旅に出る。カプセルホテル、サウナ、ネットカフェ、泊まる場所はどこでもいい。時間のかかる高速バスと鈍行列車が好きだ。名物は食べない。景色も見ない。でも、場所が変われば、考え方が変わる。気持ちが変わる。大事なのは、日常から距離をとること。生き方をラクにする、ふらふらと移動することのススメ。

pha『できないことは、がんばらない』

他の人はできるのに、どうして自分だけできないことが多いのだろう? 「会話がわからない」「服がわからない」「居酒屋が怖い」「つい人に合わせてしまう」「何も決められない」「今についていけない」――。でも、この「できなさ」が、自分らしさを作っている。小さな傷の集大成こそ人生だ。不器用な自分を愛し、できないままで生きていこう。

pha『パーティーが終わって、中年が始まる』

定職に就かず、家族を持たず、 不完全なまま逃げ切りたい―― 元「日本一有名なニート」がまさかの中年クライシス!? 赤裸々に綴る衰退のスケッチ 「全てのものが移り変わっていってほしいと思っていた二十代や三十代の頃、怖いものは何もなかった。 何も大切なものはなくて、とにかく変化だけがほしかった。 この現状をぐちゃぐちゃにかき回してくれる何かをいつも求めていた。 喪失感さえ、娯楽のひとつとしか思っていなかった。」――本文より 若さの魔法がとけて、一回きりの人生の本番と向き合う日々を綴る。

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どこでもいいからどこかへ行きたい

2月6日発売の文庫『どこでもいいからどこかへ行きたい』試し読み

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pha

1978年生まれ。大阪府出身。京都大学卒業後、就職したものの働きたくなくて社内ニートになる。2007年に退職して上京。定職につかず「ニート」を名乗りつつ、ネットの仲間を集めてシェアハウスを作る。2019年にシェアハウスを解散して、一人暮らしに。著書は『持たない幸福論』『がんばらない練習』『どこでもいいからどこかへ行きたい』(いずれも幻冬舎)、『しないことリスト』(大和書房)、『人生の土台となる読書 』(ダイヤモンド社)など多数。現在は、文筆活動を行いながら、東京・高円寺の書店、蟹ブックスでスタッフとして勤務している。Xアカウント:@pha

 

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