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息子が人を殺しました

2020.02.21 公開 ポスト

夫が女子トイレを盗撮していた…性犯罪者の妻が味わう屈辱阿部恭子

連日メディアで報道されている、殺人、傷害、詐欺、窃盗といった犯罪。その裏には必ず、「加害者家族」が存在する。平和だった毎日が一転、インターネットで名前や住所がさらされたり、マンションや会社から追い出されたりと、まさに地獄へと突き落とされるのだ。『息子が人を殺しました』は、その実態を赤裸々に描いた一冊。ショッキングな事例をいくつかご紹介しよう。

*   *   *

これから悠々自適の人生だったのに

角田美恵子(60代)は、夫が経営する会社を時々手伝っているが、外で働いた経験はなく、家事や子育てを中心とした生活を送ってきた。長男はすでに結婚し、自分の家庭を持っている。今年は次男も結婚が決まり、半年後に結婚式を控えている。

(写真:iStock.com/AH86)

大きな会社ではないが、夫は起業してから会社のために日々奮闘し、まもなく次男に経営者の立場を譲ることになる。

ふたりの息子を大学まで出すのは経済的に楽ではなかったが、それぞれ立派に成長し、ようやく親としての務めから解放されたような気がしていた。夫も仕事ばかりで余裕がなく、旅行もろくにしたことがなかった。これからは、夫婦でゆっくり旅行でも楽しもうかと、旅行会社の広告を眺めている、そんな矢先の事件だった。

美恵子の携帯に、珍しく会社からの着信があった。家のチャイムが鳴り、玄関を開けると、警察官がふたり立っていた。まさか、夫が交通事故でも起こしたのではないかと不安が脳裏をよぎったが、警察官は令状を示し、自宅を調べたいと言う。いったい何が起きたのか、困惑しているところに、次男が戻ってきた。警察によると、夫を窃盗の罪で逮捕したというのだ。美恵子は何かの間違いだと思った。

警察官は家の中で何を探しているのか、声をかけようとすると、次男が美恵子の腕を摑み、誰もいない台所に連れていった。

親父が会社の女子トイレを盗撮してた。更衣室のロッカーを開けて社員の服を盗んだり。とにかく、ありえない事態だ」

美恵子は、悪夢を見ているようだった。真面目で堅物の夫が、まさかそんな破廉恥なことを……。

しかし、自宅からは、盗撮映像や女性物の下着、ストッキングなどが多数発見された。

次男が警察で事情聴取を受けている間、社員への対応は美恵子に任されることになった。夫の逮捕にうろたえる美恵子に対し、会社の顧問弁護士は「刑事事件は他の弁護士に依頼してほしい」と突き放すだけだった。

会社で美恵子を待っていた副社長も、これまでになく冷淡だった。美恵子は、副社長に促され、社員が集まっている部屋に通された。針の筵である。

副社長は、呆然と立ち尽くす美恵子に、

「まず、謝罪でしょうが!」

といきなり怒鳴った。

美恵子は、20人ほどの社員を前にして、土下座をして夫の行為を詫びた

被害者である女性社員からは、厳しい言葉が飛んできた。

「あんたが日頃満足させてないから、こんなことになるんじゃないの!」

美恵子は、返す言葉もなかった。

息子は婚約破棄を告げられ……

謝罪はこれだけでは終わらなかった。次は、次男の婚約者の家族だ。

(写真:iStock.com/fizkes)

美恵子は、次男の婚約者の両親に、再び土下座をして謝罪した。

婚約者の父親は、「変態の家族に娘をやるわけにはいかない!」と物凄い剣幕で怒鳴り、婚約解消を求めた。

次男の婚約者は、過去に電車で盗撮の被害に遭った経験から、美恵子の夫の犯行をどうしても許せず、次男とも縁を切りたいと考えていたようだ。

結局、次男の結婚は破談となった。生活を共にしていくことを考えていたふたりだったが、事件の発覚後、婚約者は次男に一度も会おうとはしなかった。式場のキャンセルなどの連絡はすべて、メールで事務的に済ませた。

すでに子どもが生まれている長男の家族は、遠方で生活していたことから影響は少なかった。嫁の両親は高齢だったことから、事件のことは隠し通すことにした。

美恵子は、これまでにない屈辱的な経験をしたが、夫に直接会うまでは、事件は何かの間違いではないかという微かな期待を捨てることができなかった。

性犯罪者の妻である美恵子に対する周囲の視線は、驚くほど冷たかった。美恵子に、同情してくれる人はひとりもいなかった。子どもたちさえも、まるで事件の責任が美恵子にあるかのような態度だった。この世の中で唯一、自分の味方である人物は夫だけだと思うと、不思議と怒りは湧いてこなかった。

逮捕から数日後、ようやく美恵子は夫に面会することができた。

「迷惑をかけてすまない」

夫は、美恵子を見るなり、そう言って頭を下げたが、謝罪はこの一言だけだった。

「もっと早く君と別れて、彼女と一緒になっていれば、こんなことは起こさなかった……」

夫はそう言って泣き崩れた。

夫が盗撮行為を始めたのは5年程前で、交際していた元社員の女性が他の男性と結婚してしまったショックから、犯行に手を染めるようになったと言うのだ。

美恵子は、離婚して夫に多額の慰謝料を請求してやろうと思った。しかし、会社の経営もうまくいってはいなかったところに今回の事件が発覚し、夫の自己破産は確実だ。

次男も失業することから、何よりもまず、家族として生きていく道を探すことが先決だと思ったという。

関連書籍

阿部恭子『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』

連日のように耳にする殺人事件。当然ながら犯人には家族がいる。本人は逮捕されれば塀の中だが、犯罪者の家族はそうではない。ネットで名前や住所がさらされ、マンションや会社から追い出されるなど、人生は180度変わる。また犯罪者は「どこにでもいそうな、いい人(子)」であることも少なくない。厳しくしつけた子どもが人を殺したり、おしどり夫婦の夫が性犯罪を犯すことも。突然地獄に突き落とされた家族は、その後どのような人生を送るのか? 日本で初めて加害者家族支援のNPO法人を立ち上げた著者が、その実態を赤裸々に語る。

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阿部恭子

NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。二〇〇八年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)がある。

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