連日メディアで報道されている、殺人、傷害、詐欺、窃盗といった犯罪。その裏には必ず、「加害者家族」が存在する。平和だった毎日が一転、インターネットで名前や住所がさらされたり、マンションや会社から追い出されたりと、まさに地獄へと突き落とされるのだ。『息子が人を殺しました』は、その実態を赤裸々に描いた一冊。ショッキングな事例をいくつかご紹介しよう。
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何不自由ない生活だったのに……
「家はローンが残っていたし、車は外車といっても中古でした。私はブランド品も持っていないし、服装にお金をかけてもいません」
高橋純子(40代)の夫は、知人に架空の投資話を持ち掛けて大金を騙し取り、詐欺罪で逮捕された。
夫が犯行に及んだ動機として、「生活費に使うため」と供述したことから、家族である純子と娘の贅沢な生活が非難の的となった。
「夫には他に若い愛人が何人かいたんです。それがわかって、もう離婚するしかないと決めました。それなのに、金の切れ目が縁の切れ目なのかって、私たち親子だけが周囲から非難されました」
純子たち家族へのバッシングが激しくなったのは、インターネットの掲示板だった。内容から推測すると、ほとんどが知人の書き込みのようだった。
「確かに、娘の教育にはお金をかけました。それは親のエゴであって、決してあの子が望んだわけではありません。それなのに、娘が一番の悪者のように責められてしまって……。本当に、可哀想なことをしたと思っています」
高橋美月(17歳)は、中高一貫のミッション系女子校に通う「お嬢様」だった。会社を経営する父親と専業主婦の純子の3人家族で、父親が逮捕されるまでは何不自由ない生活をしていた。
年が明けてまもなく、美月は短期留学をしていたカナダから帰国した。家に帰ると、まるで引っ越しでもするように段ボールが積まれ、家の中が閑散としていた。
大事な話があるから、まっすぐ帰ってくるようにと言っていた純子は、数週間見ないうちに随分とやつれていた。何か起きているに違いない。
「パパの会社がね、倒産したの……」
美月は耳を疑った。
「ここにはもう住めない。おばあちゃんのとこに行くから荷物をまとめて」
美月は急いで自分の部屋に入ると、すでにほとんどの荷物が整理されていた。
「ごめん、時間がないの。後でゆっくり説明するから、とにかく片づけて」
純子は急かすように言った。
「パパはどこ?」
父親の居場所を尋ねると、予想だにしない答えが返ってきた。
「警察」
純子は、美月が帰国するまで、事件のことは伏せていた。これからしばらくは海外に行く余裕などない。娘にはせめて、ギリギリまでカナダでの滞在を満喫してほしかった。
「学校はどうなるの?」
美月はおそるおそる尋ねた。
「おばあちゃんの家の近くの高校に転入できるって」
「いつから?」
「もう、すぐにでも」
「嘘でしょ、やだ……」
美月は思わず泣き出した。美月にとってR女子高校は、難しいと言われながらも努力して合格した憧れの高校だった。制服も大好きで、他の高校の生徒になることなど、とても考えられなかった。
「もう、学費を払う余裕がないの……」
これまで聞いたことがないような純子の力ない言葉に、美月はどん底に突き落とされたような気がした。
冷たくなったクラスメイト
翌朝、純子と美月は、まるで夜逃げのようにこっそりと荷物を運び、実家のある田舎に向かった。
美月はせめて、残る3カ月、高校2年生を修了するまでR女子高校に在籍したいと純子に頼み込んだ。学費はすでに納めており、在籍する権利はあるはずだ。祖父母は、美月があまりに可哀想だと、来年の学費を自分たちがなんとか工面しようかと言い出した。
高校生活が続けられる可能性が出てくると、美月はようやく一筋の光を見つけたような気がした。
母の実家から学校までは、高速バスで片道1時間半。早起きは楽ではないだろうが、これまでと同じように学校に通えるならば、どんなことでもする覚悟だった。
新学期の初日、美月は担任から職員室に来るように言われた。
「高橋さん、大変だったわね。転入を希望していたS高校、欠員募集出てるみたい。ちょうどよかった、早めに書類書いてちょうだい」
唐突な言葉に美月は混乱した。
「え? まだ私、学校やめませんけど……」
担任の顔色が変わった。
「でも……」
「母が、3月までの学費は納めてるって……」
「来年はどうするの?」
「来年の学費は、祖父母が出してくれるはずです」
担任は困った様子だった。
「そう。わかりました。ここにいることが、あなたにとっていいことなのか、わからないけど……」
担任と一緒に教室に入ると、いつもとは違う雰囲気を感じた。何人かのクラスメートの視線が冷たく感じられたのだ。
「大変だったね」
休み時間、親友の玲奈が駆け寄ってきた。
「もしかして、事件のこと? みんな知ってるの?」
カナダにいた美月は、父親の逮捕報道を全く知らなかった。父親がパーカをかぶって顔を隠し、手錠をかけられてパトカーに乗り込む映像が全国に流れていたのだ。美月は急に足がすくんだ。
「びっくりしたよ。もうどっかに逃げちゃってると思ってた。まさか、また学校で会えるなんて思わなかった」
放課後、美月は所属している管弦楽部の練習に向かった。
「高橋さん、どうしたの?」
音楽室に入るなり、先輩が驚いた顔で寄ってきた。
「え? 練習しようと思って……」
「練習って、そんな場合じゃないんじゃないの?」
美月が困惑していると、顧問がやってきた。
「高橋さん、何してるの? 練習どころじゃないはずでしょ、ほら、帰りなさい、早く」
美月は追い出されたような気がした。家に帰っても何もすることなどない。せっかく、演奏していろんなことを忘れたいと思ったのに……。