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息子が人を殺しました

2020.02.22 公開 ポスト

いじめ、転校…父の逮捕で「お嬢様」から転落した女子高生阿部恭子

連日メディアで報道されている、殺人、傷害、詐欺、窃盗といった犯罪。その裏には必ず、「加害者家族」が存在する。平和だった毎日が一転、インターネットで名前や住所がさらされたり、マンションや会社から追い出されたりと、まさに地獄へと突き落とされるのだ。『息子が人を殺しました』は、その実態を赤裸々に描いた一冊。ショッキングな事例をいくつかご紹介しよう。

*   *   *

何不自由ない生活だったのに……

「家はローンが残っていたし、車は外車といっても中古でした。私はブランド品も持っていないし、服装にお金をかけてもいません」

(写真:iStock.com/paylessimages)

高橋純子(40代)の夫は、知人に架空の投資話を持ち掛けて大金を騙し取り、詐欺罪で逮捕された

夫が犯行に及んだ動機として、「生活費に使うため」と供述したことから、家族である純子と娘の贅沢な生活が非難の的となった。

「夫には他に若い愛人が何人かいたんです。それがわかって、もう離婚するしかないと決めました。それなのに、金の切れ目が縁の切れ目なのかって、私たち親子だけが周囲から非難されました」

純子たち家族へのバッシングが激しくなったのは、インターネットの掲示板だった。内容から推測すると、ほとんどが知人の書き込みのようだった。

「確かに、娘の教育にはお金をかけました。それは親のエゴであって、決してあの子が望んだわけではありません。それなのに、娘が一番の悪者のように責められてしまって……。本当に、可哀想なことをしたと思っています」

高橋美月(17歳)は、中高一貫のミッション系女子校に通う「お嬢様」だった。会社を経営する父親と専業主婦の純子の3人家族で、父親が逮捕されるまでは何不自由ない生活をしていた

年が明けてまもなく、美月は短期留学をしていたカナダから帰国した。家に帰ると、まるで引っ越しでもするように段ボールが積まれ、家の中が閑散としていた。

大事な話があるから、まっすぐ帰ってくるようにと言っていた純子は、数週間見ないうちに随分とやつれていた。何か起きているに違いない。

「パパの会社がね、倒産したの……」

美月は耳を疑った。

「ここにはもう住めない。おばあちゃんのとこに行くから荷物をまとめて」

美月は急いで自分の部屋に入ると、すでにほとんどの荷物が整理されていた。

「ごめん、時間がないの。後でゆっくり説明するから、とにかく片づけて」

純子は急かすように言った。

「パパはどこ?」

父親の居場所を尋ねると、予想だにしない答えが返ってきた

「警察」

純子は、美月が帰国するまで、事件のことは伏せていた。これからしばらくは海外に行く余裕などない。娘にはせめて、ギリギリまでカナダでの滞在を満喫してほしかった。

「学校はどうなるの?」

美月はおそるおそる尋ねた。

「おばあちゃんの家の近くの高校に転入できるって」

「いつから?」

「もう、すぐにでも」

「嘘でしょ、やだ……」

美月は思わず泣き出した。美月にとってR女子高校は、難しいと言われながらも努力して合格した憧れの高校だった。制服も大好きで、他の高校の生徒になることなど、とても考えられなかった。

「もう、学費を払う余裕がないの……」

これまで聞いたことがないような純子の力ない言葉に、美月はどん底に突き落とされたような気がした。

冷たくなったクラスメイト

翌朝、純子と美月は、まるで夜逃げのようにこっそりと荷物を運び、実家のある田舎に向かった。

(写真:iStock.com/paylessimages)

美月はせめて、残る3カ月、高校2年生を修了するまでR女子高校に在籍したいと純子に頼み込んだ。学費はすでに納めており、在籍する権利はあるはずだ。祖父母は、美月があまりに可哀想だと、来年の学費を自分たちがなんとか工面しようかと言い出した。

高校生活が続けられる可能性が出てくると、美月はようやく一筋の光を見つけたような気がした。

母の実家から学校までは、高速バスで片道1時間半。早起きは楽ではないだろうが、これまでと同じように学校に通えるならば、どんなことでもする覚悟だった。

新学期の初日、美月は担任から職員室に来るように言われた。

「高橋さん、大変だったわね。転入を希望していたS高校、欠員募集出てるみたい。ちょうどよかった、早めに書類書いてちょうだい」

唐突な言葉に美月は混乱した。

「え? まだ私、学校やめませんけど……」

担任の顔色が変わった。

「でも……」

「母が、3月までの学費は納めてるって……」

「来年はどうするの?」

「来年の学費は、祖父母が出してくれるはずです」

担任は困った様子だった。

「そう。わかりました。ここにいることが、あなたにとっていいことなのか、わからないけど……

担任と一緒に教室に入ると、いつもとは違う雰囲気を感じた。何人かのクラスメートの視線が冷たく感じられたのだ。

「大変だったね」

休み時間、親友の玲奈が駆け寄ってきた。

「もしかして、事件のこと? みんな知ってるの?」

カナダにいた美月は、父親の逮捕報道を全く知らなかった。父親がパーカをかぶって顔を隠し、手錠をかけられてパトカーに乗り込む映像が全国に流れていたのだ。美月は急に足がすくんだ。

「びっくりしたよ。もうどっかに逃げちゃってると思ってた。まさか、また学校で会えるなんて思わなかった」

放課後、美月は所属している管弦楽部の練習に向かった。

「高橋さん、どうしたの?」

音楽室に入るなり、先輩が驚いた顔で寄ってきた。

「え? 練習しようと思って……」

「練習って、そんな場合じゃないんじゃないの?」

美月が困惑していると、顧問がやってきた。

「高橋さん、何してるの? 練習どころじゃないはずでしょ、ほら、帰りなさい、早く

美月は追い出されたような気がした。家に帰っても何もすることなどない。せっかく、演奏していろんなことを忘れたいと思ったのに……。

関連書籍

阿部恭子『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』

連日のように耳にする殺人事件。当然ながら犯人には家族がいる。本人は逮捕されれば塀の中だが、犯罪者の家族はそうではない。ネットで名前や住所がさらされ、マンションや会社から追い出されるなど、人生は180度変わる。また犯罪者は「どこにでもいそうな、いい人(子)」であることも少なくない。厳しくしつけた子どもが人を殺したり、おしどり夫婦の夫が性犯罪を犯すことも。突然地獄に突き落とされた家族は、その後どのような人生を送るのか? 日本で初めて加害者家族支援のNPO法人を立ち上げた著者が、その実態を赤裸々に語る。

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阿部恭子

NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。二〇〇八年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)がある。

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