幡野広志さんの『なんで僕に聞くんだろう。』という人生相談本が話題になっている。
本書とリンクして、2020年2月11日~16日まで、渋谷パルコで「幡野広志のことばと写真展」が行われた。
企画・主催してくださったのは「ほぼ日」さん。
「立ちどまらせる写真と、背中を押すことばたち。」というキャッチコピーのもとで作られた空間は、
瞬間的に美しさを感じられるだけでなく、ゆっくりと気持ちを持っていかれる個展だった。
“言葉にならない感動”とともに、“言葉で考える感動”のある個展だった。
この個展は、ディズニーランド的行列(折り返しを繰り返し、コンパクトなスペースで行列になってる例のやつ)ができるほどの動員だった。
おかげで本もすごく売れた。6日間の開催で、うち3日間は17時に会場を閉めたにもかかわらず、2300冊超!
こんな小さなスペースでそんなに本が売れちゃうなんて、奇跡的な数字と言っていいと思う。
そんなすごいことになっちゃったイベントについて、本書の担当編集者がリポート!
自分の言葉を見て「善人みたい」と笑う幡野さん
会場には、イベントタイトルのとおり、幡野さんの言葉と写真が展示されていた。
まさに“幡野さんの中”に入り込んだような個展だ。
限られた空間に、限られた写真と言葉を展示する。
それなりの数を。でも、多すぎてはいけない。
写真を選ぶのも、言葉を選ぶのも大変だったはず。
ちなみに言葉選びのほうは、幡野さんは「スタッフさんにおまかせ!」だったと言っていた。
わたし「言葉も圧巻ですね」
幡野さん「こう見ると、僕、善人みたいですよね」
わたし「幡野さん、どうやって選んだんですか?」
幡野さん「そんなの僕、選べませんよぉー。ひとことも口出してません~」
ななんと!? ぜんぜん選んでないとは!
たしかに、こんなにたくさんの「素敵な言葉たち」を自分で選んだら、幡野さんが「善人面した善人」になってしまったかもしれない。
幡野さんには、「善人」という言葉が、あまりにも似合わない。似合わないどころか、ぜんぜん距離がある。
「善」みたいな概念から放たれた人であり、そんな概念(枠)は生きるのに邪魔!って教えてくれたのが、幡野さんである。
実際、幡野さんは、『なんで僕に聞くんだろう。』の中で、さまざまな人生相談に答えているけれど、「善悪」基準で話を進めていることがない。
人からは「悪」のジャンルに入れられる可能性のあるもの――たとえば、売春や自殺について―――も、受け入れる。
「やめろ」と言うことがない。
驚くべきことに、肯定する。
普通の感覚が身についてしまっている「普通の大人」にとったら、それらを肯定することは「驚くべきこと」だもの。
といっても、何でも闇雲に肯定しているわけでなく、ちゃんとその人自身を見つめたうえで、している。幡野さんは心を砕いて回答を書いているし、その言葉を読めば、”相談者の場所”から考えて言っていることがよくわかる。
「言葉がないと、写真は不完全なんだ」と言う写真家!
話が本のほうにそれてしまったが、幡野さんは、自分で写真は選べるけど、言葉は選べない、というわけだ。
これは非常に興味深い。自分が書いた言葉のなかから「一部を切り取る」という作業は、言葉に意味を持たせすぎるってことになるんだろうか。
入り口に掲げてあった幡野さんのあいさつ文に、こんなことが書いてあった。
“さわやかな笑顔で全国指名手配ポスターに掲載される、
手配犯をみて気がついたことだ。
写真は写真だけでは不完全なものだ。
さわやかな笑顔の写真に不倫がバレた記事だったり、
ブラック企業で過労死した記事が添えられれば印象はかわる。
写真は添えられる言葉で印象がかわる、
焼肉だってタレで印象はかわるのだ。
だから言葉とタレを大切にしなければいけない。
言葉とタレで決まるといっても過言ではない。
写真に言葉がかさなって、ようやく作品として完成をする。“
「写真が(作品として)完成するには、言葉を必要としている」と言ってるのである。「言葉がないと作品は完成しない」と言ってるのである。写真家って写真至上主義なんだろうと思っている人は、これを読んだらびっくりするんじゃないか。
幡野さんは、きっと私が想像しているよりも、言葉の強さを知っている。
言葉というのは、目に映っているものを支配してしまうほど、強いのだ。
そういう力を持っている言葉を、めちゃくちゃ影響力を持ってしまっている「幡野さんの言葉」を、幡野さんは、自分で切り取ったり、選んだり、しない。言葉の強さを知ってるからこそ、きっと、しない。
あなたはどの言葉が好き?
じゃあ、会場に展示する言葉を選んだのは誰か?
それは、ほぼ日のスタッフさん(超優秀な人がたくさんいる!)と、マネージャーの小池花恵さん(糸井重里さんの元マネージャーさんでもある)だ。
このみなさん方の、幡野さんへの情熱の強さは半端ない。
みんな幡野さんのことが大好きで、幡野さんが撮るものも、発するものも、大好きなのだ。
好きすぎて、このイベントでしか入手できないという
「幡野さんのことばをまとめたちいさな本」まで作ってしまったのである。
小池さんにちょこっと聞いたところ、この個展のために、『なんで僕に聞くんだろう。』はもちろん、幡野さんがこれまでに書かれて言葉を、一文字も逃すまいと目を皿のようにして、「展示したい言葉」を大量に拾い上げたり、絞り込んだり、していったらしい。毎日毎日めちゃくちゃ悩んだらしい。
個展の準備時期は、本の発売前でもあり、小池さんとやりとりすることが多かったのだが、昼でも、夜でも、深夜でも、そろそろ明るくなる時間帯でも、小池さんからはいつもすぐに返事が来る。つまり、ずっと起きてる。起きてるどころか覚醒している。的確な返事が即答。バッキバキなのである。ただのマネージャーさんではないのである。
私自身も、「お気に入りの言葉」を選んだからよくわかるが、絞り込むのは難しい。
会場の一角では、ケイクスの担当編集者の大熊信さんとともに「担当編集者の選んだ言葉」として、素敵に展示していただいた。
「お気に入りの言葉を6つ選んで、それぞれコメントもいただくことは可能でしょうか…」と小池さんからおそるおそる…という雰囲気で依頼があった。小池さんのためなら、何でもどんとこいだ!それに、幡野さんの好きな言葉はいっぱいあるし楽勝!と、気楽に「オッケーでえーす」と言ったものの、たった6つを選ぶのにも、本をペラペラめくっただけで、付箋のつかないページはなかったわぁ……というありさま。で、結局、どれにしたいんだっけ、私、、みたいな。
というわけで、選ぶことの難しさは、小池さんの“何分の1”くらいは、わかる。
そうやってみなさんによって選ばれた言葉たちが、幡野さんの写真とともに展示されていた。そして、その展示に本当に多くの人が、毎日毎日没頭していた。
この個展は、「写真家の個展」である。
しかし、その半分が言葉。
もはや、肩書なんて、なくてもいいんだな。「人」が重要であって。
こっちから見ると、言葉しか見えない。
こっちから見ると、写真しか見えない。
表と裏が、写真と言葉になっていて、リンクしているようなしていないような。
写真のキャプションになる言葉を合わせてるわけではないから、その両者の間に意味づけをしてもしなくても、見る人の自由。(ちなみに、これをどう組み合わせるかも、小池さんがたいへん苦労したらしい!)
それは、『なんで僕に聞くんだろう。』という本の中で、人生相談に答える幡野さんの姿とかぶる。
幡野さんは、どんな人生相談が来ても、それをいったん自分の中に映し込む。
そしてそこに、言葉を添えていく。
そのときに、「絶対的回答」はしない。つまり、説教はしない。
説教というのは、自分の考えが正しいという前提で、「常識に反しているから、こうしちゃいけない」と相手に自分の価値観を押し付け、相手の価値観を否定することだ。
幡野さんは、説教をしないのだ。
幡野さんは、自分の言葉をどう読むかを、読み手にゆだねる。
何かしらの「正解」は見えるけど、そこから何を拾うのかは、「あなた」が決めることだ。
自分で考えるしかない。
超スピード場面転換
さて、この会場、夕方に閉めて、夜からのトークイベント会場に、一気に転換するのだが、見てほしい。そうは広くない会場である。
いったん展示してあるパネルを片付けて、ここに100席ほどの椅子を並べなければならない。
パネルはどうする?
片付ける。
どこに?
天井に、だ。
トークイベントにだけ、来る人もいるが、そういう人は天井を見れば、昼間に展示されていたものを目にすることはできる。
世界観を崩さず。一気に空間の「用法」を変える。
いやはや、おみごと。
個展の初日。
幡野さんがこの転換の瞬間を見て、おっしゃった。
「すごいなあ。今日が初日で初めてのはずなのに、何度もシュミレーションしているから、こんなに手際よく、美しくできちゃうんですよね」
と。
「ぼく一人じゃ何にもできないんですよ。みなさんのおかげなんですよ」
「会場づくりについても、何も言わないことにしてるんです。僕が何かを言ってしまったら、そのために何かを動かさないといけなくなる。ここまで考えてやってくださったのだから、僕が言うことは何もないです」
と。
そうやって、ありえないスピードで「展示会場」から「トークイベント会場」へと変身を遂げる日々だったわけだ。
そんなふうに作られたトークイベントにも、私はお邪魔させていただいた。
最終日、対談のお相手は糸井重里さんだった。
対談の中で話されていたが、糸井さんは、幡野さんの書いていることにいち早く魅了され、ずっとチェックしていたそうだ。だが、声をかけるのをためらって、しばらくは、ただ幡野さんが言葉をアップしていく様子を見ていたと。そのエピソードに、糸井さんの誠実さと繊細さがあふれていた。
しかし、ある時をきっかけに、幡野さんの活動を大いにバックアップすることになってくるわけで、だからこそ、今回のイベントも実現している。
糸井さんから幡野さんへの対談テーマの提示や質問は、わりと踏み込んだ内容だった。
“一般的には”、言いにくいこと、聞きにくいことを、言葉を濁さず、ちゃんと向き合って話をする。幡野さんにとっても心地がいいだろうなあと思って聞いていた。
綺麗にコーティングされた言葉で会話しても、まったく意味がない。
コーティングは無駄、というのは『なんで僕に聞くんだろう。』の中で幡野さんに教えていただいたことだけど、偉そうに書いてみた。
ちなみに、「幡野さん対談3本勝負!」ということで、このイベントでは3本の対談が企画された。1本目のしいたけさん、2本目ヤンデル先生、3本めの糸井重里さんとの対談、すべてほぼ日さんのサイトで、お話の内容がアップされるそうなので、そちらをお楽しみに!
さてさて、そんなところでグッドニュース!
このイベントに来ることができなかった方、今度は京都で、開催されるそうです!
会期:2020年2月28日(金)~3月11日(水) (3月5日休み) 時間:12:00~19:00 入場料:無料 場所:TOBICHI京都 京都府京都市下京区河原町通り四条下ル市之町251-2 寿ビルデイング5階
本の装丁が生んだ世界
さて、もうひとつどうしても言っておきたいことがある。
この空間の世界感は、このたび書籍化された『なんで僕に聞くんだろう。』の装丁と、リンクしている、ということだ。
もちろん多くの方が気づいていると思う。
これは、本当にうれしいことだった。
というのも、このイベントの空間づくりが固まっていったのは、この本のデザインができてきてから…だから。
これって、本の世界が立体化した、ともいえないかしら⁉
そんなわけで、本の装丁について話をもう少し詳しくしたいと思うのだが、長くなったので、次回にまわしたい。
この本のブックデザインをしてくださったのは、名久井直子さんです。
名久井さんとのやり取りがとても楽しいので、次回もぜひ読んでください!
(担当編集者 袖山満一子)
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なんで僕に聞くんだろう。
ガンになった写真家に、なぜかみんな、人生相談をした。
「クリエイターと読者をつなぐサイトcakesで史上もっとも読まれた連載」
「1000万人が読んだ人気連載」が待望の書籍化!
「家庭のある人の子どもを産みたい」「親の期待とは違う道を歩きたい」「いじめを苦に死にたがる娘の力になりたい」「ガンになった父になんて声をかけたらいかわからない」「自殺したい」「虐待してしまう」「末期がんになった」「お金を使うことに罪悪感がある」「どうして勉強しないといQAけないの?」「風俗嬢に恋をした」「息子が不登校になった」「毒親に育てられた」「人から妬まれる」「売春がやめられない」「精神疾患がバレるのが怖い」「兄を殺した犯人を許せない」……
――恋の悩み、病気の悩み、人生の悩み。どんな悩みを抱える人でも、きっと背中を押してもらえる。
人生相談を通して「幡野さん」から届く言葉は、今を生きるすべての人に刺さる”いのちのメッセージ”だ。