11月の大統領選に向けた民主党の大統領候補選びが始まった。3月3日(日本時間4日)は、人口が最大のカリフォルニア州をはじめとする14州で予備選が行われる「スーパーチューズデー」だ。再選をめざす共和党のトランプ大統領と出馬表明した民主党の面々との政策軸の隔たりは大きい。多くの識者が指摘するように、米国政治の左右への極端な分極化が背景にある。しかし、党派を超えて一致しているのが「軍事不介入の原則」で、各候補はアフガニスタン、イラク、シリアからの米軍の早期撤退でおおむね足並みをそろえる。
トランプ氏も民主党候補も「終わりのない戦争はやめよう」
トランプ政権は先月29日、アフガンの反政府勢力タリバーンとの間で、駐留米軍の段階的撤退などを定めた和平合意に署名した。米兵1万3000人を135日以内に8600人に削減し、条件が満たされれば、14カ月以内に残りの米軍を撤収する計画だ。「偉大な国は、終わりのない戦争をしない」が信条のトランプ大統領は、今回の和平合意を外交実績としてアピールするつもりだ。ただ、現地の政情は極めて不安定で、計画通りに完全撤退が実現するかは不透明だ。
民主党側の各有力候補も「終わりのない戦争はやめよう」では一致している。トランプ大統領の外交攻勢を受け、どこまで踏み込むかが注目される。序盤戦で出遅れ、巻き返しを図るバイデン前副大統領は、中東からの拙速な撤退はテロを招きかねないと主張するが、大統領の任期(4年)内には米軍のアフガンからの撤退を実現させると強調する。これまで上位を走ってきた急進左派のサンダース上院議員も一期目の終わりまでの実現を主張するのに対し、中道のブティジェッジ前(インディアナ州)サウスベンド市長は、大統領就任後1年以内を公約に掲げる。スーパーチューズデーから「参戦」する富豪のブルームバーグ前ニューヨーク市長は、詳細を明らかにしていない。
米中枢を襲った同時多発テロが引き金となって、米国がアフガニスタン戦へ突入したのは2001年10月。あれから18年以上を経ても、対テロ戦争の終わりは見えてこない。ピュー研究センター(PRC)が昨夏実施した調査によると、米国人の約6割がアフガン、イラク、シリアでの戦争は「戦う価値がない」と思っている。しかも、今回の大統領選では、この戦争の勃発以降に生まれた若者世代が初めて投票する。どの候補も米社会に蔓延する厭戦ムードを意識せざるを得ないようだ。
世界との関与を求める伝統的な国際主義は健在
では、誰が大統領になっても、不介入主義が次期政権の安保政策の基調をなすのだろうか。
昨秋までの世論調査を一瞥する限り、その兆しは見えない。例えば、シカゴ地球問題評議会が昨年9月に公表した調査結果によれば、「他国への軍事介入は、米国の安全を損なう」が46%で、「安全になる」は27%にとどまったが、 この潮流は、あくまでも中東地域に限られているようだ。軍事での優越(superiority)とアジアと欧州での軍事同盟の支持派は7割を超えている。米軍の前方展開も過半数が支持している。不介入どころか、世界との積極的な関与を希求している米国人が主流で、米国の伝統的な国際主義は依然として健在のようだ。
ただ、気になる点が二つある。どちらも米国民の安保観に影響を与える識者の動向に関連している。
同盟をゼロベースで見直せという提言も
一つは、ワシントンに誕生したシンクタンク「クインシー研究所」の活動だ。この研究所は、投資家で慈善家のジョージ・ソロス氏が主宰する財団などから資金を得て、昨年11月に発足したばかり。中東での「恒久戦争はやめよう」はもとより、広い意味での不介入主義を使命に掲げている。そこの研究員の論考を読む限り、中ロとの「大国間競争」を宣言したトランプ政権の安保戦略を非生産的だと批判し、アジアと欧州に前方展開している米軍の大幅削減を提唱している。
もう一つは、米外交・国際政治専門のオピニオン誌「フォーリン・アフェアーズ」が最新号(2020年3~4月号)で、不介入主義をテーマにした特集を掲載したことだ。この雑誌を刊行している「外交問題評議会」は、米政権の外交・安保政策に一定の影響力があるとされる超党派の会員制組織だ。それを踏まえると、この特集は、ワシントンのエスタブリッシュメントの間で、冷戦後の米政権が追求してきた軍事的優位 (primacy)至上主義への反省が芽生えていることをうかがわせる。
「アメリカよ、本国に戻ってくるのか?」。こう題された特集を構成する6本の論考うち、5本が米国の世界での役割を見直し、対外軍事コミットメントを大幅に縮小すべきだと提唱している。これらに共通するのは、冷戦後の米一極構造が崩れたにもかかわらず、米国は、依然として軍事力で世界ナンバー1でなければ気が済まないというメンタリティーのままだという認識だ。
いまも中ロと軍事で張り合う能力では全く心配ないが、この思いあがった軍事優越意識を捨てないと、恒久戦争から抜け出せないばかりか、中ロを不要に刺激し、米国の安全を損ないかねないと警告し、米国が世界中に張り巡らせる同盟システムをゼロベースで見直せと提言している。なかには、中ロの「勢力圏」を認め、両国と妥協しろ、と諭す学者の論考もある。世界への民主化推進の一点張りではなく、「暴君と共生する術も学べ」という主張も刺激的だ。
日本も目が離せない不介入主義の行方
こうした間口の広い不介入主義の行方は、日本も他人事ではない。米国の国際主義を前提に外交・安保政策を組み立ててきたからだ。仮にこれが次期政権の指針になれば、在日米軍の駐留経費(思いやり予算)をめぐる交渉で、米側による日本側負担増の要求に拍車をかけかねない。
中長期的に見れば、中国の軍拡を許してしまう恐れもある。特集の論考は、米国が中国を挑発しない限り、中国も挑発を控えるという前提に立つが、共産党指導部の権威がすべてを超越する政治体制そのものが抑圧や対外拡張の元凶だという見方に立てば、その対中認識は甘いと言わざるを得ない。
不介入の適用地域と程度は、権威主義体制の本質をどう見るかでも異なってくるのではないか。中東からの米軍撤退論を唱える点では同じでも、トランプ大統領が独裁者に親近感を抱くのに対し、サンダース氏の権威主義体制への反感は強烈だ。大虐殺など深刻な人権侵害が起きている国には人道的な観点から軍事介入する選択肢も排除しない考えを明らかにしている。
トランプ時代の地政学
「世界の警察官を辞める」だけでは収まらず、いまや世界秩序の攪乱要因になりつつあるトランプ大統領のアメリカ。海外取材経験の豊富なジャーナリストであり、国際政治研究も続ける著者がトランプ大統領・アメリカの本音を読み解き、日本とのかかわりを考察する。