生物はいつ、どこで、どのように誕生したのか? 自分の祖先をずっとさかのぼっていくと、一体どこに行き着くのか? そんな想像をしたことのある人は、きっと多いことでしょう。地球微生物学者、高井研さんの『生命はなぜ生まれたのか』は、生物学、そして地質学の両面から「生命の起源」に迫った、スリルあふれるサイエンス本。本書の中から一部をご紹介します。
* * *
生命を育んだ「地球内部エネルギー」
これらの深海底には、熱水や冷湧水といった水の流れによって、マントルや地殻の中に存在する地球内部のエネルギー(高温のマグマから発生する二酸化炭素や一酸化炭素、硫化水素、メタン、水素、あるいは地震や断層活動によって生じる水素や二酸化炭素、及びそれから派生するメタンや硫化水素といった還元的化学物質)が海底にもたらされる場所がある。
そしてその海底の地下からもたらされる「地球内部エネルギー」を「太陽エネルギー」に代わるエネルギー源として利用する微生物(この言い方には語弊があり、進化的に言えば、本当は地球内部エネルギーの代わりに太陽エネルギーを使い始めたのであるが……)や、それに付随した奇妙な動物たちの生態系が広がっている。
これらの生態系を私は「暗黒の生態系」と呼んでいる。
光り輝く地球の表層環境で、有り余るほどの太陽エネルギーの恩恵を存分に甘受した光合成生物の一次生産(二酸化炭素のような無機炭素を有機物に変換する生物活動)に支えられた「光の生態系」に対する表現であり、決してネガティブな意味で、暗黒と呼んでいるわけではない。むしろこの暗黒の生態系こそ、この地球を生命に満ちあふれる、宇宙でも希有な惑星に作り上げたまさに縁の下の力持ちであったのだ。
のちほどじっくりと述べるが、ほぼ46億年の歴史を持つ地球に生命が誕生したのはおよそ40億年前であり、太陽光を利用してエネルギーを獲得できるエネルギーシステム(代謝)を生命が獲得したのは、現存する科学的証拠からどうがんばって見積もっても35億年前である。
またその光合成生物が、地球のあらゆる表層環境に進出し、地球規模の生態系を支えるに足る役割を果たすようになったと考えられるのは30億年前程度と考えられる。
つまり、この地球で最初に誕生した持続的な生命を支えたエネルギーは、間違いなくこの地球内部エネルギーであり、その後5億~10億年という途方もない長い時間その生命活動を支え続け、地球の隅々に暗黒の生態系をはびこらせたのだ。
「暗黒の生態系」は生き続けている
そして、その30億年前より古い地球に君臨した暗黒の生態系は、今なお地球の深海や地下、海底下にひっそりと生き続けている。その現在の地球に生きる暗黒の生態系やその一次生産者たる化学合成微生物の生き様やエネルギー獲得のメカニズムには、最古の持続的生命やその後の暗黒の生態系が持っていたと考えられる性質や特徴が色濃く残されている。
私が深海へ旅する理由、それは「暗黒の生態系」を理解するためなのだ。
そして「暗黒の生態系」の姿や成り立ち、あるいはその地球史における普遍性や特異性は、地球そのものの進化と強くリンクするものである。ゆえに、私は「生命の起源と初期進化の場とその成り立ち」に対して唾を飛ばしながら熱く語るのだ。
また「暗黒の生態系」の姿や成り立ちの本質は、地球という惑星に限った局所空間的なものではなく、宇宙共通的な原理として捉えることができる。そこに「宇宙共通原理としての生物学:アストロバイオロジー」への広がりを感じざるを得ないのだ。
とはいえ告白すると、私は実は毎日40億年前の太古の地球のことばかり考えて研究しているわけではない。どちらかというと今現在の地球の深海底で生きている微生物の世界を主な対象として研究しているのである。
普段は顕微鏡でしか見えないチンケな生き物をいそいそと世話し、ピクピク動くのをニマーと眺め、その微生物たちに「ほれほれ、根性出して分裂しろやーお前」とか気合いを入れて、煮えたぎるお湯(高温)や物理的圧迫(高水圧)を与え生死の限界に挑戦させ、微生物に食べさせる餌(エネルギー源や炭素・窒素源)を作るために地殻やマントルの石を煮込んで出汁を取ったり(熱水再現実験)しているのである。
また時には、それらの「やっぱり生き物の生活している環境を体感しないとね」って、船に乗って自分の目で見に行く。
さらに激白してしまうと、船に乗っている時でも、調査ができない天候・海況の時は、短パン一丁で日光浴しながらぼーっと海を眺め、「今日の晩ご飯はなんやろ。船酔いで食欲減退中ですからあっさりしたもの食いたいー」とか、「うっひょー『白い巨塔』ビデオ全巻制覇、次『24‐TWENTY FOUR』シリーズね」とか、のんびりと船上生活の退屈さを堪能しているのである。