世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。
マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。
そこで毎日メディアに引っ張りだこなのが、感染免疫学・ウイルス学の教授・岡田晴恵氏。その姿を見ない日はない。
なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた2つの小説――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』の中で、まさにこうなることを予言していたのだ!
2作とも、「新型インフルエンザウイルスが日本に上陸したら」…という設定で描かれている。致死率の高いウイルスなので、今回流行しているの新型コロナウイルスとは状況が違うが、国の動きや国民の混乱の様子は、まるで今の日本の姿を見ているようで、10年前に書かれたものとは思えない。
このコーナーでは、緊急重版かつ緊急電子書籍化したこの2作の小説の試し読みをしていくが、まずは、この小説がいかに「予言してるか」、紹介したい。
* * *
『H5N1』では、潜伏期の患者を見つけられない可能性があること、町から日用品が消えること、人混みで感染するので出社停止や休校や施設閉鎖になるシーンなどが、描かれている!
機内で有症者が出ても、濃厚接触をしていない単に同乗しただけの客は、所定の注意を受けたあと、空港から帰路につくことになる。質問票や健康調査票などを提出し、外出を控えるようにといった注意は受けるが、そのまま会社や家族などが待つ一般社会に戻っていく。その中には、機内や空港の待合室でウイルスに感染した人間がいないとも限らない。いや、当然いるであろう。だとすれば、彼らが発症するまでの潜伏期間中、利用した公共交通機関に乗り合わせた客や接触した同僚、家族に、自覚なく体内に隠し持ったウイルスを伝播させることもありうるはずだ。外出や人との接触を自粛したところで、それが徹底されるとも思えない。少なくとも家族との接触が避けられるはずはない。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第2章より
福岡で国内一例目が発生したとの報告を聞いたときにも頭を殴られたような衝撃を受け、崩れるように座り込んだ溝腰だったが、事態の想像通りの急展開に呆然とする以外になかった。疲労と緊張でふらつく。回覧を手にした同僚が寄って来て溝腰に声をかけた。
「俺たちが検査した中に、この柳さんっていう一号患者もいたわけだな」
「そうだ、俺の前を通り過ぎた人間が発症したんだ。潜伏期の患者を俺たちは見つけられない。ここを通った時、その人はウイルスを持って堂々と通り過ぎてしまったんだ」
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第5章より
「当機には新型インフルエンザが疑われる患者が乗っていることがわかったので、検疫所の命令で全員が検査を受けることになった」と言う。
これをフライトアテンダントたちがぎこちない日本語で反復すると、あちこちからため息ともつかない声がいっせいにあがった。そのうち、白い救急車が1台、遠くから近づいてくるのが見えた。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第6章より
ラッシュ時の混雑した状況下での移動による接触者の割り出しは、非現実的なことであり、事実上、不可能であった。
しかし、かといって行動経路の発表がなければ、感染の可能性を知らない人間によるさらなる感染の拡大が起こることは間違いない。発表したからといってどれほどの患者の発症をくい止めることが出来るのかわからないながらも、警告を発さないわけにはいかない。木田の行動経路は、国民に報道された。
想定したとおり、それによって大きなパニックを起こすこととなった。だが、同時に誰もが、既に新型ウイルスがすぐ身近にあることを実感する最初の報道となったのだ。
「自分も接触したのではないか。どうしたら、感染しているかしていないかがわかるのか」
いきなり我が身に降りかかる新型ウイルスの恐怖から、問い合わせの電話が保健所、区役所、厚労省に殺到した。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第6章より
新型インフルエンザの国内、首都圏での発生の報が入ると、文部科学省は、すぐに学校の休校を指導し、真一の小学校も休みになった。
「新型インフルエンザの流行が起こっています。特別な事情がない限り外出はしないようにしましょう。また人混みを避け、自宅で家庭学習をしながら過ごしましょう」などと大きな文字で書かれたお知らせの紙をもらって帰ってきた。
「ラストスパートの大事な時期に……肝心の塾はどうしよう。ここで塾を休ませて、合否の明暗を分けたとしたら、真一の人生にとって一大事だわ」
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第6章より
夫が「新型インフルエンザが発生すると物流が途絶えるから、普段から食料を買いだめしておくように」と言っていたのを思い出した。彼は一流の電機メーカーに勤めており、新型インフルエンザの対策について、会社で説明された趣旨を私に伝えたのだ。
「新型インフルエンザが来たら、自分は在宅勤務になりコンピューターで会社と連絡をとりながら仕事をする」とも、その時言っていた。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第6章より
入手できなかった客が、もっとないのかと店員に詰め寄っている。在庫はないのかと問いただす客もいるが、店長とおぼしき人が飛んで来て、前倒しでどんどん品物を出しているが。仕入れが間に合っていない状況を懸命に説明していた。客の誰もがギスギスし、イライラし、こわばった表情で物色している。牧子がレジに並んで、ふと振り返ると、順番を待つ人々の半分以上がしっかりとマスクをしている。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第6章より
大規模集会等の開催の自粛、大規模商業施設への営業の自粛も勧告された。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第9章より
新型インフルエンザに対しては誰も免疫を持たないため、ウイルスにさらされればほとんどの人は感染する。接触、飛沫、空気感染という強い伝播力によって、特に人混みで爆発的に拡大する。短期間に集中して大勢の人が感染して発症する結果、まず医療サービスの維持が不可能となり、二次的に食糧やエネルギーなどのライフラインの確保も困難となるなど、社会機能・社会活動の定価・破綻をもたらす。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第10章より
新型インフルエンザの大流行は、1カ月たってもいまだに続いていた。過去の流行の経験では、最初の流行の一波は8週間続くとされているのだ。流行収束の兆しは見られない。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第9章より
スーパーなど日用雑貨や食料品を扱う店では、いよいよ品薄になり、場合によっては営業を取りやめる店も多数出てきた。物流が滞り、品物が入ってこないのだ。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第10章より
大田は、欧米先進諸国に比べて、日本の新型インフルエンザ対策が牛歩のごとく立ち行かないのを憂えていた。
「WHOの会議では、日本は幸いにもSARSが入らなかったから、新型インフルエンザについてもどこか大丈夫なんじゃないかと、楽観視しているのではないかと指摘されましてね。SARSの流行がなかったことが日本には不幸だなんて、参りますよ」
と大田が語ると、奥沢は、
「日本は事前対応が鈍い、感染症となると特に鈍いですね。やはり、欧米は陸続きの大陸で何度もペストを経験したことで、感染症の怖さに対する意識レベルが違うのでしょう。しかし、その実感できないことが、事前対策を鈍らせて、命取りになるんですがね」と答えた。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第10章より
「新型インフルエンザ対策は、危機管理なんですよ、奥沢さん。危機管理っていうのはね、最悪の状況を想定しながら、やっておくことが大大前提です。H5っていう最悪の状況を想定しながら、対策をやっておけば、もし、ラッキーにもそれ以下の病原性の低いウイルスがやってきても、カバーできる。そこで命が救われるんです」
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』第10章より
新型インフルエンザは、1回の流行では収まらない。一度、下火になった新型インフルエンザは、第二波、第三波と、国民全部が疫病にかかるか、ワクチンを打つかして免疫を持つまで流行は止まらない。第二波は、第一波で感染を逃れた人々に襲いかかってくる。それまでにパンデミック・ワクチンは間に合うのか。
――『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』エピローグより
『隠されたパンデミック』では、国民に対する教育不足、PCR検査が行き届かないこと、マスコミの役割への疑問、役所仕事と現実の間の乖離など、今私たちが感じている不安が描かれている!
弱毒性ウイルスで健康被害が発生する割合は低くても、国というレベルでは、季節性インフルエンザを超える莫大な患者が発生するので、数十万単位の死者が出るのが新型インフルエンザである。その怖さを肌で認識させる国民教育ができるだろうか? でなければ、国民は予防対策に協力などしてはくれない。その国民に協力を取り付けるには、厚労省がごれだけこの疾患対策に必死な姿を見せられるかなのだ。
――『隠されたパンデミック』第二章より
例えばインフルエンザに罹った多くの人が病院に殺到したら、同じ待合室にいる持病を持つ患者さんに、ウイルスをうつしてしまう可能性が高くなります。自分は治っても、うつされた方が重症になる、命を落とすこともあるわけです。また、医療従事者が感染を受けて寝込んでしまったら、医療サービスの機能も定価します。インフルエンザ以外の通常の診療も大きな影響が出ます。
――『隠されたパンデミック』第二章より
「なんで検査をしてくれんのかい?」
(中略)
重ねてまくしたてるが、「できません」「該当しない」の一点張りで、検査はできずに終わった。
これは後になってわかったことだが肘川市の医師会では、他の開業の医師も同様の危惧を感じて、検査を依頼したが、保健所も行政機関の答えはすべて、NOだったという。
――『隠されたパンデミック』第二章より
そもそも、新型インフルエンザは、流行が起こる前に、一生懸命報道して、事前に準備をうながし、流行が来たら、落ち着いて報道するものだ。と、マスコミを責めても、厚労省がそれをあまりやってこなかったのだから、マスコミがそれをしないのも当たり前かもしれない。
ところが、いよいよとなるとマスコミは、新型インフルエンザの流行の急速な拡大状況や、医療現場の混乱ぶりを取材し始め、自治体や学校の対応の不備を指摘し、ワクチンや薬の状況についても、事件さながらに繰り広げるようになった。
また事件報道の繰り返しで、マスコミは政府の揚げ足取りもし始めた。だが、準備不足への批判を今この事態でやっても、国民の不安をあおるだけで、何の解決にも結びつかない。
――『隠されたパンデミック』第三章より
春夏の新型インフルエンザの発生時期から、秋冬の本格的な大流行を考慮して、マスクなどの予防用品など、自宅療養に必須な商品を事前に大量に仕入れて提供できるようにしていた薬局は、まだよかった。
しかし、そうでなかったところがほとんどだった。すぐに商品が底をついた。いつもは、注文すれば翌日に届くものが、なかなか入ってこない。問屋に連絡しても工面のめどは立たないという。
――『隠されたパンデミック』第三章より
「すでに全国的な市中流行が始まっているので、できるだけ人ごみを避けて。うがいも手洗いもお願いします」
と繰り返した。
――『隠されたパンデミック』第三章より
さらに旅行業界にも影響が出て、キャンセルが相次いだ。日本国内も海外も、地球上に新型インフルエンザの危険性のないところなどなくなってしまった。今は、どの地域でも感染のリスクはある。安全地帯はないのだ。
――『隠されたパンデミック』第三章より
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まるで、今の日本の状況を彷彿とさせるシーンが、数々描かれている小説です。
小説の中では、この危機と戦う勇気ある人たちの活躍が描かれています。
以後、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』の冒頭を、この連載にて公開していきます。
感染爆発〈パンデミック〉の真実
世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。
マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。
そこで毎日、メディアに引っ張りだこなのがウイルス学の岡田晴恵教授。
なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた小説の中で、まさにこうなることを、予言していた!
そこで、この2つの小説、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』を、緊急重版かつ緊急電子書籍化した。