生物はいつ、どこで、どのように誕生したのか? 自分の祖先をずっとさかのぼっていくと、一体どこに行き着くのか? そんな想像をしたことのある人は、きっと多いことでしょう。地球微生物学者、高井研さんの『生命はなぜ生まれたのか』は、生物学、そして地質学の両面から「生命の起源」に迫った、スリルあふれるサイエンス本。本書の中から一部をご紹介します。
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「生命の起源」がわかってきた
そして最後に真打ちの登場である。ど~ん、「40億年前の深海熱水活動!」。
ただしここで述べる深海熱水活動は、主に温度に焦点を置いた、抽象的なものとする。なぜなら、40億年前の深海熱水活動の詳細については後で触れるからだ。
ここでは40億年前の海底で起きた中央海嶺拡大軸や沈み込み帯での300℃近い高温熱水活動と海水との混合領域、あるいは拡大軸よりちょっと離れた拡大軸翼部と呼ばれる少し温度の低い100~150℃程度の低温熱水活動とその周辺も含む。これらの熱水活動域での化学進化の研究は多く、多様な有機物が高温、低温の熱水活動条件で生成されることが知られている。
特に現長岡科学技術大学の松野孝一郎名誉教授のグループは、高温での熱水反応と熱水噴出に伴う低温海水による冷却を組み合わせたフローリアクターを用いて、アミノ酸を10個以上重合させたり、熱水によって生成された炭化水素から作られる細胞膜状の構造物での生体高分子重合反応など、多くの成果を挙げている。
また、深海熱水活動域で特徴的なチムニー構造物や硫化物構造物、炭酸塩構造物は、条件が揃うと極めて多孔質な構造を形成するのだが、その孔こそ「原始細胞のいれもの」になったと考える説や、その孔の中の小さな熱対流が有機物の濃縮に極めて効果的に働き、生体高分子の重合や核酸の複製(コピー)において生命機能の肩代わりをしたという説など、他の原始地球のいかなる研究よりも、先行している。
当時は「熱水活動」が盛んだった
熱水活動は基本的には、海水が地殻の中に浸み込んできて、岩石から成分が溶け出し、熱水(いわば出汁)となって、噴出するものである。
最も高温に晒される海水や地殻は、400℃程度になるので、その前に含まれていた複雑な分子は壊れてしまうが、熱水活動域というのはその高温の熱水だけで成り立つ環境ではなく、最終的に海底で噴出する前、まるで河口の三角州のように、いっぱい枝分かれをしながら海底から放出される。
その熱水噴出河口では、実に複雑な海水と熱水の混合が起きており、海水がちょこちょこ地殻に浸み込んできたり、混合した低温熱水が溜まったり、二次的な熱水循環というものが形成される。このような二次的な熱水循環では、高温熱水で作られたいろいろな有機物と、既に述べたような他の化学進化過程で集められてきた海水中の有機物、そして地殻の中で成長した有機物などが、一堂に会する可能性があるのだ。
つまり、化学進化過程の総決算の場所に成りうる場であると言える。
さらに言うと、40億年前の原始海洋において、このような深海熱水活動が、現在の地球の熱水活動の比ではないくらいたくさん存在していたことは間違いない。なぜなら、熱水活動の頻度は、ほぼ一義的に地球のマグマ生成量に比例するからである。
マグマオーシャンが引っ込んで間もない40億年前の潜在マグマ生成量は、現世とは比べものにならないであろう。35億年前の深海底であった西オーストラリアのピルバラ(南アフリカのカープファールでも)においても高頻度の熱水活動の痕跡が残されている。
おそらく当時の深海底は、あっち向いてもモクモク、こっち向いてもモクモク(あくまでたとえで、どれぐらいの間隔なんだと言われれば謝る準備はある)というぐらい熱水活動が多かったと思われる。
えーい、もう言わなくてもわかるだろう。現時点での化学進化研究の成果を客観的に集めただけでも、その可能性を足していくと「地球生命が深海熱水環境で生まれた可能性はやはり一番高い」と言わざるを得ない。別に他の環境の可能性を否定するわけではないが、あくまで可能性が一番高いということである。