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だから山谷はやめられねえ

2020.07.20 公開 ポスト

ギャンブル、酒…日雇い労働者が「山谷」から抜け出せない理由塚田努

外国人観光客が集まる人気宿泊街として、いま注目を集めている東京・山谷(さんや)。しかし、かつては「ドヤ街」と呼ばれる日雇い労働者の街でした。2005年、「幻冬舎アウトロー大賞」を受賞した『だから山谷はやめられねえは、そんなかつての山谷をリアルに描いたノンフィクション。宿なし・金なし・家族なしの中年男たちと寄せ場や職安に通い、飯場の世界にも飛び込んでいく「僕」。そこで見た衝撃の光景とは……。本書の一部をお楽しみください。

*   *   *

もはやかつての山谷ではない

山谷の中を歩いていると、日ノ出ハウスの中と同じような光景が延々と続いている。公園でほのぼのと将棋をさす者、何をするでもなく路上に怠そうにしゃがみ込んでいる者、立ち飲み屋で酒を飲む者などの姿が目につく。

(写真:iStock.com/FotoDuets)

山谷に住む日雇い労働者の生活相談や生活援護を行う城北福祉センターにも、娯楽室やテレビ室、さらには図書室もあるので、時間を持て余した山谷住人で賑わっている。福祉センターではパンの配給もしているので、利用者も多い。おそらく、彼らはアブレた者や生活保護受給者なのだろう。

その後も山谷の中を歩き回ったけれど、その姿はまったく変わらなかった。のんびりとして平和そうだが、退屈のようでもあった。時間はゆっくり流れ、永遠に同じところを回り続けている。

僕は、山谷が日雇い労働者の街と聞いていたので、肉体労働者の脂ぎってギラギラとした肌や土にまみれた体臭が漂っていると思っていた。だが、ここではそのようなものはほとんど感じられない。男たちの肌はカサカサに乾き、その肉はたるんでいる。街に活気がなかった。

かつて輝いていた男たちは歳をとり、働くチャンスも少なくなった。生活保護で暮らす人もいる。かつての建築現場の勇者は背を丸めて路上に流れていった。山谷にはゆっくりとした平凡な時間がたんたんと流れる。山谷はもはや、かつての山谷ではない

僕にとって、このまったく変わることのない日常は拷問に近かった。まるで監獄ではないかという印象すら受けた。

日雇い労働の多くは、特殊な技術を必要としない未熟練労働だ(職人もいるが)。彼らはくる日もくる日も土や資材を運んだり、補助作業や現場の掃除をしたりと単純な作業が続く。初めのうちは肉体労働特有の充実感を得られるかもしれないが、何年もやっていれば疲れるだけだ。彼らは、永遠に変わらない日常を何年も送ってきた人たちであり、これから先もずっとこのまま変わらない。それは未熟練労働につきまとう宿命でもある。

でも、そんな彼らを日常の世界から非日常の世界へと脱出させてくれるものがある。それは、飲酒とギャンブルだ。山谷に来て一番多く聞かれたことは、「競艇やるか」「パチンコやるか」「酒飲むか」「タバコ吸うか」という質問だった。

「やめろ」と言うのは簡単だが……

僕も数年前にパチンコをしていた時期があった。当時、何をするでもなく暇を持て余していた僕は、ギャンブルが与えてくれる、日常では味わえない緊張感や興奮の虜になっていた。しかも、そんなスリルを何の苦労もせずに、お金さえ払えば手に入れることができた。そして集中している時には時間が経つのも早いもので、時間は瞬く間に過ぎてしまう。ギャンブルは希薄な時間を濃密な時間へと変えるのには大変便利な装置であった。

(写真:iStock.com/tupungato)

だが、このギャンブルと飲酒は、ドヤ街の労働者を貧困に追い込んでいる大きな原因でもある。以前、ボランティアに参加して寿町で聞き取り調査を行ったときにも、稼いだお金や生活保護のお金をほとんど酒とギャンブルにつぎ込んでしまう人が多く、アルコール依存症患者の数も多いことを痛感させられた。

ボランティア団体の人や行政は彼らに対して「酒を飲むな」「賭け事をするな」としきりに言っていたが、ほとんど変化のない日常の中で、人間は生きていけるのだろうか。男たちの唯一の楽しみを奪ってしまったら、ドヤ街での「生きる」とは生命を維持することでしかなくなってしまう。「生活すること」と「生きること」は別問題だ。もし彼らにそれらをやめさせようとするなら、生活観そのものから変えなければならない。

飲酒やギャンブルは、なにもドヤ街の世界だけではなく、僕らの生活にも浸透している。でも、僕らはそれにおぼれるわけではない。僕らはそれらをうまく利用して、日常からのつかの間の離脱を楽しむ。

僕らの日常は変化する。入学・卒業・入社・昇進・恋愛・結婚・出産といった具合に、次から次へと出来事(本人にとっての一大イベント)が起こるので、非日常の世界への依存度も浅くて十分だ。

しかし、彼らの生活は進んでも進んでも決して変わらない。仕事も未熟練の単純労働で繰り返しが多くなる。しかも、日雇いの労働力は、使い捨てられるだけだ。家族がいなければ、何のために働くのかさえ見えなくなるし、またそんな家族に裏切られた失意の中で生活する者も少なくない。独り身の生活はあまりにも孤独だ。人生の生き甲斐も見つけにくい。

そんな彼らにとって、ギャンブルと飲酒は退屈な日常を一変させるには好都合な存在だ。この辛い現実を忘れることができる。また、競馬で万馬券を当てれば、人生大逆転のチャンスもある。

彼らに対して「ギャンブルと酒をやめろ」と言うのは簡単だ。でも、そこには彼らの生活に対する根深い問題が存在している。それらをやめたからといって、彼らの生活が向上するとはとうてい思えない。ひょっとしたら、彼らの人生の唯一の救いなのかもしれない

だが皮肉なことに、その救いであるギャンブルと酒こそが、彼らが山谷から抜け出ることのできない大きな原因でもあるのだが。

関連書籍

塚田努『だから山谷はやめられねえ』

ごく普通の大学生の「僕」は、就職活動を前にしてドロップアウト。そして始めた東京・山谷でのその日暮らし。宿なし・金なし・家族なしの中年男たちと寄せ場や職安に通い、飯場の世界にも飛び込んでいく。彼らは、そして就職を選べなかった「僕」は、ダメな人間なのか? ドヤ街の男たちと寝食を共にした一人の若者による傑作ノンフィクション。幻冬舎アウトロー大賞(ノンフィクション部門)受賞。

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だから山谷はやめられねえ

ごく普通の大学生の「僕」は、就職活動を前にしてドロップアウト。そして始めた東京・山谷(さんや)でのその日暮らし。宿なし・金なし・家族なしの中年男たちと寄せ場や職安に通い、飯場の世界にも飛び込んでいく。そこで「僕」が見たものとは……。幻冬舎アウトロー大賞を受賞した『だから山谷はやめられねえ』は、知られざる山谷のリアルを描いた傑作ノンフィクション。その一部を特別にご紹介します。

バックナンバー

塚田努

1974年生まれ。2005年、「だから山谷はやめられねえ」で幻冬舎アウトロー大賞(ノンフィクション部門)受賞、デビューを果たす。

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