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感染爆発〈パンデミック〉の真実

2020.03.23 公開 ポスト

『H5N1 強毒性インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』より一部公開

パンデミック宣言。高齢者の多い地方の自治体は、どうすれば地域を守れる?岡田晴恵(医学博士 感染免疫学・ワクチン学専門)

新型コロナの流行以降、毎日メディアに登場しているウイルス学者・岡田晴恵教授は、10年前に、幻冬舎文庫より小説を出している。

ここでは、致死率の高い危険な「強毒型インフルエンザ」が流行して、日本がパニックに陥る『H5N1 強毒性インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』より一部公開する。

現在大流行中の新型コロナウイルスは、小説と違い、致死率が高いウイルスでないにもかかわらず、「感染爆発〈パンデミック〉」により、我々の経済も、生活も、破綻しかけている。致死率の高いウイルスが、もし、今回の新型コロナのように流行してしまったら、日本は、世界は、どうなる……!?

人類が生き延びるヒントがここにある!

*   *   *

南の島で、致死率の高い強毒性新型インフルエンザが発生。日本にも感染が広がる一方だ――。

【おもな登場人物】

大田信之 国立感染症研究所ウイルス部長、WHOインフルエンザ協力センター長

沢田弘 大阪府R市立S病院副院長、感染症内科の専門医

主婦・牧子 東京都文京区在住、一人息子の真一が発症

*   *   *

11月18日 厚生労働省・パンデミック宣言

厚生労働省はついにフェイズ6を宣言した。昨日未明のWHOによるフェイズ6の宣言を受けて、国内第一号発生からわずか13日後である。予想よりずっと早かった。

さらに新型インフルエンザを指定感染症からはずし、全医療窓口を開けて対応することを要請した。

大規模集会等の開催の自粛、大規模商業施設への営業の自粛も勧告された。しかし、その指示を待つまでもなく、集会の自粛は、その開催自体が不可能に近い状況の中で半ば不可抗力で延期、中止にされていった。既に感染者の様子がテレビでも中継され、家庭や職場でも発症が始まったパニックの中にある人々は、コンサートや娯楽施設への興味を全く失っていたからだ。

今、人々の目前にある希望は、薬とワクチンの入手についての情報であった。いつワクチンがもらえるのか。早く、新型インフルエンザの恐怖から解放されたい。いつまでこうやって家に閉じこもっていればいいのか。国民の不安が倍増する。新型インフルエンザによってもたらされた惨禍への説明を、いつ国がしてくれるのか望む声もあがっていた。しかし、誰もそれに明確に答えてくれる者はいない。

ただ、テレビの映像の恐ろしさゆえに、家から出ない者も多く、それによって、感染の拡大がかろうじて抑えられている地域もあった。だが、まだ食糧が底をつくまでの間はいい。これがなくなったらどうするのか。差し迫った新たな恐怖が起こる。

大規模商業施設の自粛にはひと筋縄ではいかない大きな問題がつきまとっていた。それは地方の都市では、大規模商業施設の自粛は、住民に直接的で大きな影響があるからだ。地方都市では、いまや地元の商店街、小売業は既に大規模商業施設に駆逐されて、その姿を消しているため、大規模商業施設の閉鎖は、家で籠城する住民の兵糧の供給を閉ざすものとなる。だが、同時にそこに多くの人々が押しかけることによって、ウイルスの感染を媒介する中継地ともなりうるのである。

そして、新型インフルエンザがやってきた時、ほとんどの国民は、国が2007年3月に食糧備蓄をガイドラインの中で呼びかけていたことを、初めてテレビニュースや報道特番などで知ったのだった。その結果多くの国民が、スーパーに殺到することとなった。感染の拡大の報道を目にすることで、人々の混乱は輪をかけてひどくなり、商店ではオイルショックの時のトイレットペーパーどころの騒ぎではない、我先にと物資を探し求める住民の姿があった。

 

11月16日 青森県浜富町・牧子の母

牧子は、真一の看護と、まだ発症していない夫と自分の闘病生活の準備をしながら、真一を塾へやった自分の愚かさに涙が溢れてきた。ふと、ひとり田舎にいる年老いた母はどうしているだろう、大丈夫だろうか、と牧子は心配になってきた。

青森は都会ではないから、きっと大丈夫だろうとは思うが、母は一人暮らしだ。真一だけじゃなく、母まで新型インフルエンザに罹患してしまったら。心細い時には、何から何まで不安になるものだ。母は、田舎暮らしで、いつもはご近所が互いに助け合って暮らしているけれど、こんな非常事態だ。牧子の脳裏に実家の近所の人たちの顔が浮かんで来る。いや本当は崖っぷちに立っている自分を、母に慰めてほしかったのかもしれない。いてもたってもいられなくなり、電話の受話器をとるとダイヤルを押した。

「もしもし……」

母だ。元気な母の声を聞いて牧子はほっとした。

「お母さん大丈夫? 元気でいる? 食糧とかはある? どこにも出かけてない?」

少し涙ぐみながら牧子が言葉を続ける。

「うちのほうじゃ、もう海外で新型インフルエンザが出たと聞いた時に、すぐ民生委員さんと役場の人が来てくれたさ」

(写真:iStock.com/pawinp)

牧子の母の住む青森県浜富町は、奥入瀬川流域の豊かな自然に恵まれた小さな町だ。地方の小さな町の例にもれず、ここ浜富町も高齢化がすすみ、独居老人も少なくない。だが、実は、その浜富町ではそんな独居老人のための新型インフルエンザ対策が既になされていたのだった。

牧子はほっと安堵の息をついた。

母の元を訪れた民生委員の女性はこう説明したという。

──とうとう東南アジアで新型インフルエンザが発生しました。きっと日本にも、この浜富の町にもウイルスはやって来ることでしょう。うちの町でも行動規制、外出規制が敷かれます。外を出歩くとウイルスに感染する心配があるんですよ。だから、おばあちゃんが出かけなくていいように、一人暮らしのおうちには、食糧や医薬品、水などが入ったこの非常袋をお配りしますから、じっとおうちにいてくださいね──。

海外での発生を受けてすぐに、この町の独居老人世帯のすべてにその日一日で配られた非常袋には、2週間家から出なくても最低限持ちこたえるための缶詰やチョコレート等の食糧パックがセットになって入っており、さらにスポーツ飲料の粉末、おかゆのパックなどの体調不良を伴った時に役立ちそうなものも入っていたというのだ。

それは新型インフルエンザ対策のガイドラインとして、国が公開した備蓄リストだけでは、町民の外出制限の実践は難しいであろうと、町が用意したものだったのだ。

「予算は小さな町には負担ですが、いざ新型インフルエンザが発生した時、お年寄りたちに外に出ないでくれといっても、食糧がないから出ざるを得ないなどという状況になってしまうでしょう。それを回避してやらないといけないと思ったのです。この町は高齢者も多く、自分で備蓄品の準備まですることはそれぞれにとって、もっと大きな負担です。でも備蓄の品を町で用意してあげられれば、外出規制が出た時でもお年寄りたちは出かけていくことはないでしょう。そうすることが新型インフルエンザに感染する機会と患者を減らし、町を救うのです」

この配布に先立つこと半年前、このパックの梱包を黙々とやっていたのは、鍋島という町の保健課の若手の職員だった。彼は、それだけでなく新型インフルエンザの危険性を承知して、講演の企画や、広報の作成などを一手に引き受け積極的にこなしてきたのだった。また町内に多い高齢の独居老人には、新型インフルエンザの知識を説くだけではダメだと、町長に食糧パックの製作と配布を進言したのも彼であった。

彼は、新型インフルエンザの対策を調べるうち、米国のCDC(米国疾病管理センター)から出されている1918年のスペイン風邪の被害の差を記録した資料を見つけることができた。スペイン風邪の来襲の時、アメリカの都市で一番被害が少なかったセントルイス市と被害の大きかったフィラデルフィア市の行政の対策の差が浮き彫りになった貴重な資料だ。これは、うちの町の取り組みのために報告せねばならない、そう思った鍋島は上司に資料を持って説明にあがった。

米国における都市別の死亡率では、フィラデルフィアが0・73%、セントルイスは0・3%であり、セントルイスは、フィラデルフィアの半分以下、大都市の中で最低の数値に抑えられていた。

死亡率だけでは実態がつかめないが、社会全体への影響には大きな開きがあった。

セントルイスでは、市内に最初の死亡者が出ると、市庁はただちに緊急事態宣言を発動し、1週間以内に全学校、劇場、教会、大型販売店、娯楽施設などを閉鎖、集会(葬儀含む)を禁止した。会議もフットボールの試合も結婚式も延期された。このような社会規制には、商売に影響を及ぼすとして市民や企業家から大きな反対もあったが、市長は「私は市民が死亡することを望まない」として、社会規制を決断した。市中の発症率がまだ2・2%の早期に実施した結果、セントルイスでは大流行のピークは生じず、患者数は平坦なカーブを描いて、医療サービスや社会機能の破綻も起こらず、犠牲者も少なくて済んだ。

これに対して、社会活動への介入対策が遅れたフィラデルフィアでは、市中発症率が10・8%となってからようやく規制が開始された。その結果、8週間にわたって新型インフルエンザ大流行の波が襲った。市民の多くが同時に発症したため、医療サービスはもとより社会機能全体が破綻して、少なくとも1万5000人が死亡するなど大きな被害を出してしまった。

新型インフルエンザに対しては誰も免疫を持たないため、ウイルスにさらされればほとんどの人は感染する。接触、飛沫、空気感染という強い伝播力によって、特に人混みで爆発的に拡大する。短期間に集中して大勢の人が感染して発症する結果、まず医療サービスの維持が不可能となり、二次的に食糧やエネルギーなどのライフラインの確保も困難となるなど、社会機能・社会活動の低下・破綻をもたらす。人口密度の高くなった現代では、フィラデルフィアの悲劇はさらに増幅されるであろう。

セントルイスの教訓は、社会行動の規制は新型インフルエンザの流行形態を変えうることを示している。不要不急の外出を自粛することは当然であるが、日常生活で外出する主な理由は、通勤、通学、買い物である。学校閉鎖や職場閉鎖、交通規制は流行の平坦化には有効であるとされる。さらに、生活必需品の購入のための外出を避けるためには、各家庭における食糧や日用品の備蓄が必要であり、ワクチンや抗インフルエンザ薬と同様に新型インフルエンザの犠牲者を減らすための最重要な対策なのだ。

鍋島の説明を聞いた上司は、すぐに彼を伴って町長の元にさらなる説明に上がった。こうして小さな町役場では、鍋島を全面的に保健課の職員が支援してこれら対策に取り組んできたのだ。

青森は、90年前、スペイン風邪のために村で餓死者を出したほどの惨禍を被った地区である。青森の冬は長く厳しい。吹雪(ふぶき)が吹き荒れる中、1918年のスペイン風邪がやって来て、大流行が起こった。そして雪に閉ざされ、食糧も救援も滞り、新型インフルエンザから回復しても、その後に餓死が襲ったのだ。町の古い寺には、その時の村人の霊を慰める石塔が残っている。その石塔の後ろに刻まれた人々の名前は、90年の風雪に半分は消えかかりながらも、今も新型インフルエンザの怖さを物語り、対策の重要性を訴えていた。その史跡をたどり、本を読み、インターネットで情報を集めた職員らが、町を守ろうと果敢に挑み、彼らの行動に対して一身で責任を負うと腹を決めた町長が応援していた。

11月20日 国内猖獗

新型インフルエンザは、同時多発的に、ある県で発生したと思えば、遠方の別の複数の地域でも報告される。いっせいに火の手が上がって、火柱となった。既に感染は全国で拡大し、猖獗を極めつつある。

多くの新聞が、紙面のほとんどを使って、全国の新型インフルエンザの惨状を伝えていた。紙面には、〈休校〉〈工場閉鎖〉の文字が躍っている。

また、〈死亡率増加の傾向、打つ手なし〉〈悪性ウイルスの猖獗、医療機関は満杯〉〈新型インフルエンザ救済機関設置急務〉〈悪性新型インフルエンザ県下に蔓延、救済措置を〉〈まるで震災地の惨状、食糧・医薬品の補給を〉〈入院は不可能、病院は満床〉〈医師、看護師が倒れて診療困難〉などの見出しが紙面を埋め尽くしていた。

新聞社でも社員に多くの罹患者が出たため、紙面の量が顕著に少なくなった。物流も滞りがちになり、配達員にも罹患者を出したため、規則正しい配達など望むべくもない。おおかたの新聞報道は、インターネットでの電子配信となった。縮小し、さらに遅れて配られた紙面の下半分には、四角い黒枠の訃報広告が並んでいた。訃報記事の黒枠は、おぞましい恐怖を人々に強く印象づける結果となったのだった。

この頃、既に葬儀は簡略化を余儀なくされていた。人々が故人を偲(しの)んで集い、読経に送られて密葬される一般的な葬儀など、望むことはできないのだ。行政が、人々が集うことを自粛するように呼びかけていたせいもあろうが、そもそも新型インフルエンザで亡くなった人のために自分への感染の危険を冒してまで集まってくる人々も皆無に近い。そして、人々の中に自分の明日さえもどうなるかわからない虚無感もはびこり始めていた。

関連書籍

岡田晴恵『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』

南の島で強毒性新型インフルエンザが発生した。感染した商社マン・木田は帰国4日後に死亡。感染症指定病院や保健所は急いでパンデミックに備えるが、瞬く間に野戦病院と化す。R病院副院長・沢田他、医師の間に広がる絶望と疲弊、遂には治療中に息絶える者も。科学的根拠を基にウイルス学の専門家が描いた完全シミュレーション型サイエンスノベル。

岡田晴恵『隠されたパンデミック』

ワクチンが足りない!情報が操作されている!ウイルス学者・永谷綾は、厚労省の新型インフルエンザ対策の不備を追及、本省を追われる。同時期に、“弱毒型”インフルエンザが発生、同省の対策の甘さが露呈した。もし今“強毒型”が流行したら、被害は何百倍にもなる。綾は、政界や経済界に直訴を始めた。厚労省の闇を暴く、問題の社会派小説。

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感染爆発〈パンデミック〉の真実

世界的な新型コロナウイルスの大流行で、我々はいまだかつてない経験をしている。

マスクやトイレットペーパーが売り場から消え、イベント自粛や小中高休校の要請が首相から出され、閉鎖した商業施設もあれば、従業員の出社を禁止する企業も出ている。

そこで毎日、メディアに引っ張りだこなのがウイルス学の岡田晴恵教授。

なんと岡田氏は、10年前に自身が書いた小説の中で、まさにこうなることを、予言していた!

そこで、この2つの小説、『H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ』『隠されたパンデミック』を、緊急重版かつ緊急電子書籍化した。

バックナンバー

岡田晴恵 医学博士 感染免疫学・ワクチン学専門

白鴎大学教育学部教授。元国立感染症研究所研究員。医学博士。専門は感染免疫学、ワクチン学。「新型インフルエンザ完全予防ハンドブック」「H5N1」「隠されたパンデミック」(以上、幻冬舎)、「人類vs感染症」(岩波ジュニア新書)、「感染爆発にそなえる――新型インフルエンザと新型コロナ」(共著、岩波書店)、「強毒型インフルエンザ」(PHP新書)、「なぜ感染症が人類最大の敵なのか?」(ベスト新書)、「感染症とたたかった科学者たち」(岩崎書店)、「うつる病気のひみつがわかる絵本シリーズ」(ポプラ社)、「学校の感染症対策」(東山書房)など著書多数。

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