Fuckは日常英会話のなかで最頻出ワードなのに、学校では絶対に教えてくれない英語の代表格。適切に使えば場が和み相手との距離も縮まりますが、むやみに使えば命の危険も。英語には使い方を間違えると酷い誤解や怒りを招き、たったひと言で人生を棒に振りかねない表現が数多くあります。ではどんな言葉がパワハラ、セクハラと認識され、差別的だと大問題になるのでしょうか。
幻冬舎新書の話題作『あぶない英語』は、実社会を渡るための英語力(教養)を身につけることで危機管理を徹底し、その背景にある英語圏の文化をも学ぶ、英語初心者から上級者まで楽しめる英語と英会話の教養書です。
日本人が知らない差別になる英会話 ~ 宗教による差別
多種多様な民族が暮らしているアメリカには、さまざまな宗教の人がいるので、特定の宗教がすべてを代表しているかのような表現は配慮しなければなりません。最近では、アメリカ政財界の主要人物(キリスト教徒)によるクリスマスの挨拶も、「メリークリスマス!」ではないことが増えてきました。
Merry Christmas! → Happy Holidays!
外見による差別
外見による差別ももちろん許されません。そこで、fat(デブ)、short(チビ)は、以下のような表現になります。
fat → differently sized, metabolic overachiever
short → vertically challenged
しかし、婉曲的な表現のほうがかえって相手を不快にさせてしまうのではないか、つまり慇懃無礼で嫌な感じがするのは私だけでしょうか。
How much do you weigh?(体重は何キロですか?)
このように体重(身体的な特徴)を聞くことも許されません。しかしながら、米政府内の独立機関である雇用機会均等委員会(人種、宗教、性別などのあらゆる雇用差別を防止するための行政活動をする機関。U.S. Equal Employment Opportunity Commission)のガイドラインには明示されていませんが、体重を聞いてもいい場合があります。
たとえば、高所作業で足場を支える台の最大荷重が80kgである場合、80kgを超える体重の人が作業すると大変危険です。したがって、その場合は体重を聞かなければなりませんが、上記のようにダイレクトな質問をすべきではありません。
80kgを超えるか否かを聞けばいいわけです。しかも、興味本位で聞いているのではなく、次のように業務上の必要から聞いていることを伝えると適切な質問になるはずです。
The maximum load of the step you will work on is 80kg. Are you qualified to work on it?(あなたが作業するであろう足場の最大荷重は80kgです。その上で安全に働くことはできますか?)
もしくは、次のような質問でもいいでしょう。
Is it possible for you to work on it safely?(その上で安全に働くことは可能ですか?)
業務上の必要性がある場合は、一般的に不適切であると考えられている質問であっても聞くことができます。ただし、聞き方に注意しなければなりません。繰り返しになりますが、先ほどの体重の例では、なぜそのような情報が必要か説明したうえで、それに適合するかどうかを問うています。間違っても具体的な体重を聞いてはいけません。
障がいに関する差別
こちらも業務を遂行するために必要とされることは聞くことができます。障がいに関する表現は、より婉曲的な表現に変わってきています。
身体障がい:disabled → physically challenged
視覚障がい:blind → visually impaired
聴覚障がい:deaf → hearing impaired
経済状況などによる差別
経済状況などによる差別も許されません。
貧困:poor → economically marginalized
路上生活者:homeless → outdoor urban dwellers
失業:unemployed → economically inactive
アメリカの白人は豊かそう、少なくとも白人はアメリカの中間層を形成しているのだろうというイメージを持っている人がおられると思いますが、アメリカの中間層の没落はひどい状況です。日本にいては今ひとつ見えにくいのですが、アメリカは病気など、ちょっとしたことがきっかけで一気に転落してしまうような、危うい社会構造になっています(日本も似たようなものですが)。白人であればそこそこの生活ができたなんていうのは過去の幻想で、今は極言すれば、お金持ちの白人と貧乏な白人しかいません。
アメリカの貧しい白人労働者階級の貧困問題を知るのに、最適なテキストがあります。J.D.ヴァンス著『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)です。これは、「なぜトランプはアメリカ大統領になったのか?」という問いに答える書としても、一読の価値があります。タイトルにある「ヒルビリー」という言葉は田舎者という意味ですが、その他にアメリカの貧困白人は、「レッドネック(首すじが赤く日焼けした田舎の白人農場労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いクズ)」と呼ばれることもあります。
貧困者は貧困の連鎖のためだけでなく、貧困から抜け出すために受けた教育のローンが重荷となりさらに貧困になることがあります。日本では「奨学金」と呼ばれていますが、アメリカではずばり、student loan と呼びます。この貸付残高は恐ろしい数字になっています。大和総研の「米国の家計負担の推移」を見ると、学生ローンが最も多く、2017年で約1.3兆億ドルもあります。ビジネスですから、利子もかなりつきます。第二のサブプライムになるのではないかとの懸念も生じています。
職業による性差別
職業による差別も許されません。
主婦:housewife → domestic engineer, homemaker
売春婦:prostitute → sex worker
Prostitute はどちらかといえば「売春婦」ではなく、「娼婦」に近い表現です。イメージが悪い表現なので、変えたのでしょう。もっともそれ以前の問題として、「婦」は基本的に女性を表しますから、性差別表現でもあるわけです。法律で認められていれば、男性が売春をしてもよいのですが、その場合、prostitute は「娼婦」「売春婦」のように女性を指しますから、いずれも適切ではありません。そうなると中立的な表現が必要となってきます。そこで出てきたのが、直接的な表現ではあるもののニュートラルな“sexworker”です。差別と偏見に満ちた職業ではあるのですが、近年、ヨーロッパのいくつかの国では、職業として認められているそうです。税金も納め、保険にも加入して、他の職業と同じ地位を得るようになってきました。
犯罪歴に関する差別
日本では犯罪歴を聞くシチュエーションはあまりないように思います。基本的に、相手に犯罪歴がないという前提があるからかもしれません。しかし、アメリカでは一度くらい捕まったことがあるという人は、地域や属性にもよりますが、それなりにいます。面接をする雇用主としては、犯罪歴を聞いておきたいところですが、次のような質問はNGとされています。
Have you ever been arrested?(逮捕されたことがありますか?)
Have you ever spent a night in jail?(刑務所で一夜を過ごしたことがありますか?)
Have you ever been caught driving drinking?(飲酒運転で逮捕されたことがありますか?)
しかし、次の質問はOKです。違いがわかりますか。
Have you ever been convicted of a crime?(有罪判決を受けたことがありますか?)
前者と後者のどちらが失礼な質問かというと、どっちもどっちのような気もしますが、アメリカでは、前者の質問はインフォーマル(arrest , jail , catch)な質問で、後者はフォーマル(convict , crime)な質問となっています。
つまり、前者は「ムショ」「塀のなか」「おつとめ」「シャバの空気は……」などのような砕けた言い方になっていますので、ふざけている感じがするのでしょう。それに対し、後者は真面目に犯罪歴について聞いている感じがします。さらに、後者は有罪判決を受けたかどうかだけを聞き、具体的な内容については踏み込んで聞いていません。政治的に正しく、ハラスメントにならないよう犯罪歴を質問するのは、難しいことですね。