1. Home
  2. 生き方
  3. 本屋の時間
  4. いま身にしみること

本屋の時間

2020.03.31 公開 ポスト

第82回

いま身にしみること辻山良雄

この一カ月のあいだ、店に来る人や仕事上でのメールのやり取りのなかで、お互いを気づかうことばが増えた。店はいま大変ではないですか? わたしも来週から在宅勤務になったので、まずは部屋を片付けないと(笑)……。

確かに三月は大変だった。店が郊外にあるということも大きいと思うが、予想以上に人の来店が多く、WEBSHOPからの本のまとめ買いも相次いだ。具体的に近所の図書館が休館したり、子どもに本を買う親が増えたりということもあったが、どうもそれだけではなさそうだった。

 

以前、仙台にある「book café 火星の庭」の前野久美子さんから、震災後には岩波文庫の哲学書がよく売れたと聞いたことがあったが、売れる本を見ながらその時のことを思い出した。こんなときでないと読めないからと言いながら、700ページもある精神医学の本を買っていく女性もいたが、それは単に時間ができたからということだけではないと思う。非常時に人は、いま必要な情報を求める一方で、大声で脅かさず、あおりたてることもしない心を鎮めることばを必要とする。彼女は騒がしい状況から身を護るため、その本や書かれたことばを、おまもりのように傍に置きたかったのではないかと想像した。

3月28日、29日の週末には、東京都知事による外出自粛要請が出された。テレビでイタリアをはじめとするヨーロッパの状況を見ていると、彼の地でのコロナウイルスの感染の速さには恐怖を感じたし、日本で同じことが起こらないとは限らない。伝えられている以上に事態は切迫しているのだろうと思った。

その両日店を開けるかどうかは迷ったが、結局二日間は店を臨時休業にした。店を開けていることで心強く思う人がいる一方、遠くからわざわざ人を呼んでしまうことにもつながる(店を開けるということは、暗に「来てください」というメッセージを発することでもある)。店をやっているのに「来ないでください」とは何事かと思われるかもしれないが、わたしはそのとき、店に来ようとする人には家のなかにいてほしかったのだ。

他の店はどうしているかなと思い、同業の個人でやっている本屋のツイッターを覗くと、みなそれぞれ悩みながら決断しているようだった。独立経営は自由だが、ときにその自由は重いものでもあって、何事も決めるのは自分しかいない。たとえどのような決断をしたにせよ、みながそれぞれ自分で考え、それに従って行動していることは心強く、独りではないと思わせてくれたのはうれしいことだった。

店が休みのあいだには、遠方からも近くからも、思わぬ人がWEBSHOPでわざわざ注文をくれた。そこに何かメッセージが書かれている訳ではなかったが、本に限らず物を買うことは、その人が思っている以上に雄弁でもある。それは人を気づかうことばと同じように小さな声かもしれないが、心が揺れて落ち着かないいま、そのぬくもりはとても身にしみる。

 

今回のおすすめ本

『窓辺のこと』石田千 港の人

何を書くかという以上に、何を書かないかということに作家の決意を感じる。幼いころの思い出、日常のこころときめかせる出来事。読む人それぞれがなつかしくなる本。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

○2024年11月15日(金)~ 2024年12月2日(月)Title2階ギャラリー

三好愛個展「ひとでなし」
『ひとでなし』(星野智幸著、文藝春秋刊)刊行記念

東京新聞ほかで連載された星野智幸さんの小説『ひとでなし』が、このたび、文藝春秋より単行本として刊行されました。鮮やかなカバーを飾るのは、新聞連載全416回の挿絵を担当された、三好愛さんの作品です。星野さんたってのご希望により、本書には、中面にも三好さんの挿絵がふんだんに収録されています。今回の展示では、単行本の装画、連載挿絵を多数展示のほか、描きおろしの作品も展示販売。また、本展のために三好さんが作成されたオリジナルグッズ(アクリルキーホルダー、ポストカード)も販売いたします。

※会期中、星野さんと三好さんのトークイベントも開催されます。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『アウシュヴィッツの小さな厩番』ヘンリー・オースター [著]/デクスター・フォード [著]/大沢 章子 [訳](新潮社)ーーアウシュヴィッツを含む3つの強制収容所を生き延びたユダヤ人が書き残した悪夢のような日常とは? [評]辻山良雄
(Book Ban)

『決断 そごう・西武61年目のストライキ』寺岡泰博(講談社)ーー「百貨店人」としての誇り[評]辻山良雄
(東京新聞 2024.8.18 掲載)

◯【お知らせ】

我に返る /〈わたし〉になるための読書(3)
「MySCUE(マイスキュー)」

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第3回が更新されました。今回は〈時間〉や〈世界〉、そして〈自然〉を捉える感覚を新たにさせてくれる3冊を紹介。

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて毎月本を紹介します。

毎月第三日曜日、23時8分頃から約1時間、店主・辻山が毎月3冊、紹介します。コーナータイトルは「本の国から」。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

{ この記事をシェアする }

本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP