産院選びから始まり、幼児教育、お受験、仕事との両立、義理の両親とのつき合い……。「失敗は許されない」というプレッシャーに追いつめられているお母さんは多いはず。その心を軽くしてくれるのが、解剖学者の養老孟司さんとフリーアナウンサーの小島慶子さんによる対談集、『絵になる子育てなんかない』です。お二人が子育てについてさまざまな角度から語り合った本書より、一部をご紹介します。
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「体育」と「スポーツ」は別のもの
小島 一次産業や地方で働く人は、働くということがどういうことなのか、自分が生きていられるということはどういうことなのか、肌身でわかっているんですね。
養老 そのとおりです。しかも絶えず体を使いながら考えている。いまの世の中では、どうしてもその部分が抜け落ちやすい。
パソコンを使って、数字の上で計算して、上手に結果をシミュレーションする能力ばかり要求されるでしょう。だから学生が体の訓練をしていないんですよ。大学の必修カリキュラムからも体育が消えてしまいましたからね。
小島 体育とスポーツは違うんですか。
養老 まったく違います。体育とは自分の体をどう上手に扱うかということですから、運動能力があろうがなかろうが関係ありません。体育ではいわゆる「コツ」を覚えるんです。それは小さいときからやっていないと、なかなか身につかない。
小島 私は子どもを産んでようやく、自分が肉体だということに気がつきました(笑)。
養老 女の人は幸せなのは、それがあるからですよ。男はそこを体験できないから、抽象的に、バカになるんです。
小島 子どもを産めないんだったら体を動かせということですね。
養老 そのとおり。だから男の子には体育をやらせなければいけない。
虫捕りも立派な体育ですよ。山のなかを動き回るし、木にも登らないといけないし、穴も掘るし。そうすると生き物として基本的な体の動きをひとりでに覚えていく。
でも都会の高層マンションに暮らしていたら、ふだんの生活のなかでほとんど身体を動かさないでしょ。そのあたり、親がちゃんと体育を心得ていれば、子どももいつの間にか身につけるものなんですけど。親の立ち居振る舞いが、そのまま子どもに移っていく。
教育論というのは、みんな子どもの話だと思っているけれど、結局つまるところ、親自身の話なんですよ。論じているのだって親だし。
「性教育」をどうとらえるか?
小島 体のことに関してですが、現代人は男性が女性の体を知らない、女性が男性の体を知らないどころか、自分の体のことも知らないのだと思うんです。だから女性が、子どもが欲しくなったときには、もう生殖年齢的に手遅れだったということが起こる。
もっと体を知るための教育に力を入れてもいいんじゃないでしょうか。
養老 体のことは知識ではないんですよ。まさに「体験」なんです。
例えば解剖の上手、下手って、自分の体の使い方次第なんですよ。東大の医学部に入ってくるような学生でも、解剖をやらせたら下手なのがいましたね。メスの持ち方一つ、ままならない。そいつがそれまでいかに身体を使ってこなかったかがわかるんです。
小島 小刀で鉛筆が削れるとか、重いものが持てるとか、そういう基本的な身体の使い方ですね。そういうことは子どものうちに教えなければならない。
養老 そうです。大学で教えることではない。
小島 あと、体の仕組みや生理についても、子どものうちにきちんと教えるべきですか。
女の子だったら、あなたは卵の粒々を持っていて、それが毎月コロッと転がり落ちてきて、成熟して、パチンと弾き出されたところに精子が来たら妊娠するんだよ、ということは、早いうちから知っておいたほうがいいと思うんです。
こういうことを言うと、「子どもが性に目覚めてしまう」「寝た子を起こすな」と抵抗する人が多いんですが、私はセックスは生殖行為であり、性は性であり、いやらしいことだとか、子どもに教えるべきではないとか、そうは思いません。こんな具体的な話をして恐縮ですが。
養老 いや、そんなことはないですよ。
昔はそんなこといちいち教えなくても、十分済んでしまったんですね。人間には好奇心というものがちゃんとあって、ひとりでに覚える。自分から学ぼうとするもんです。
小島 でもいまは、好奇心のはけ口が、アダルトビデオを見続けるとか、ネットでアダルトサイトにアクセスするとかに向いて、すごく偏った性の知識を持ってしまう。その挙げ句、STD(性感染症)に感染してしまうケースもあると聞きます。これを親たちは大変心配しているんです。
養老 そういう人はいつの時代にもいるに決まっていますよ。教えようが教えまいが、極端な人たちというのは、常に一定の割合で存在する。
性教育なんて真面目に表立って議論しないというのも、昔ながらの知恵だと思うんです。それが自然に覚えられないような社会は、おかしいんじゃないかな。だから、それを学校教育に組みこむことには違和感がありますね。
小島 性教育の背景には、個人の性は隠ぺいされているから、代わりに公で性を語ってくれ、という要求があるんだと思います。でも本来、性というものは、公で控えておいて、個人のレベルで語っていたものだったということなんですね。
絵になる子育てなんかない
産院選びから始まり、幼児教育、お受験、仕事との両立、義理の両親とのつき合い……。「失敗は許されない」というプレッシャーに追いつめられているお母さんは、きっと多いはず。その心を軽くしてくれるのが、解剖学者の養老孟司さんとフリーアナウンサーの小島慶子さんによる対談集、『絵になる子育てなんかない』です。お二人が子育てについてさまざまな角度から語り合った本書より、一部をご紹介します。