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絵になる子育てなんかない

2020.09.04 公開 ポスト

#4 男が気づいていない、妻の愛情が「右肩下がり」になる理由小島慶子/養老孟司

産院選びから始まり、幼児教育、お受験、仕事との両立、義理の両親とのつき合い……。「失敗は許されない」というプレッシャーに追いつめられているお母さんは多いはず。その心を軽くしてくれるのが、解剖学者の養老孟司さんとフリーアナウンサーの小島慶子さんによる対談集、『絵になる子育てなんかない』です。お二人が子育てについてさまざまな角度から語り合った本書より、一部をご紹介します。

*   *   *

おむつだけ替えても意味がない

養老 昔、厚生省が夫婦の愛情について調査をしたことがあるんですよ。心理学者の菅原ますみさんが実に見事に調査、分析していますが、新婚当時から一五年間で、夫の妻に対する愛情はほとんど変化しないんです。ところが、妻の夫に対する愛情は右肩下がり。

(写真:iStock.com/itakayuki)

小島 へえ~(笑)。

養老 妻の愛情が下がっていく一番の原因は、夫が子育てに協力しないことでした。問題はこの「協力しない」の意味なんです。それは、おむつを取り替えるとか、夜泣きしているときに抱っこするとか、そういう細かいことではないんです。

妻が育児に振り回されて、もう子どもの顔なんか見たくないっていう状態になったとき、「じゃあオレが見ているから、一週間、温泉旅行でも行っておいで」とか、「外国でも行っておいで」と言ってやることが一切ない。これが不満なんです。

仮に夫に理解があって、妻を解放してあげたとしても、次の日に子どもがはしかになったらどうするか。必ず実家の母親を呼ぶでしょ。そうするとダンナはよくても、姑が「嫁はどこ行った!」という騒ぎになる。わかるでしょ。

小島 「あら、自分の子を置いて旅行なの?」なんて。

養老 そうそう。これは社会問題ですよ。日本の社会全体がそういう考え方をしている限り、妻の愛情は右肩下がりになるんです(笑)。

小島 先生、そのとおりです。

本当におむつを替えてもらうことが目的なのではなく、夫が共感してくれて、「わかる、わかる、君の気持ち。ボクもあのとき同じ気持ちを味わったからね」「ボクより君のほうが大変かもね」と言ってほしいんですよ。

共感してくれるだけでいいのに、それが得られないので恨みつらみになって、「じゃあ子どもの教育を成功させて自分の実力を証明しない限り、私は一生、誰にも認めてもらえないで終わるんだわ」と思ってしまうんじゃないかと思うんですよ。

養老 さらにおもしろいのは、その菅原さんの調査結果が出たのは、もう二〇年も前のことなんです。日本の社会は、こういう菅原さんのような仕事を評価しないんですね。二〇年前にしっかり右肩下がりという結果が出ているのに、ちっとも改善されてないわけですからね。

「専業主婦」は理想の暮らしか?

小島 私もそうですが、仕事を持って働いているお母さんが増えています。母親が仕事をすることについてはどうお考えですか。

(写真:iStock.com/byryo)

養老 私の母親が働いていましたから、働くのが当たり前だと思っていました。働かない人、いわゆる専業主婦はいったい何をしているのか、ずっと不思議でした。

誰もが社会とかかわり合って生きているので、専業主婦といっても例えば、政治家の奥さんは実質的には働いていますよね。政治家本人が東京へ行っている間、選挙区の面倒はすべて引き受けています。政治家の奥さんの集まりに行ったことがあるけれど、まあ、できればそばへ寄りたくないみたいな、強そうな人ばかりでしたよ(笑)。

ほかにも家業がお店だったり、兼業農家だったり、主婦もみな働いている。そう考えたら、そもそも純粋な専業主婦のほうが例外なのではないかな。

小島 育児と家事に専念するお母さんは特殊な存在だということですか。

養老 絶対数として少ないから、あまり相手にする必要はないのではないかと思うんだけど。暇な人がいていいよな、とでも思っておけばいい。

戦前は、仕事がなくてぶらぶらしているということほど、うらやましがられることはなかったんですよ。労働がきつかったですからね。何もしないでいいと言われたら、私なら一日中、虫を追いかけていますよ(笑)。

小島 最近、専業主婦願望の女性が増えてきているそうなんです。女性が社会進出することがカッコいいと思われていた時代から、いまは逆に、専業主婦ほどおいしい、恵まれた立場はないと若い女性たちは思い始めたそうです。婚活ブームもそこから来ているんだとか。

養老 まあ、やってみたら飽きるでしょう。それに、仕事をしようがしまいが、そもそも世の中と接点を持たずに生きられるはずがないですよ。だんなさんもいるんだし、子どももいるし。

小島 特技を生かしたボランティアなどの活動だってできるわけですよね。

養老 物書きなんか最適ではないですか。自宅でできるんだから。『ハリー・ポッター』はシングルマザーが書いたんですよね。

小島 「自分は母親なんだから、育児にすべてを傾注することが正解である。だけどしんどい」というお母さんに対して言うとすれば……。

養老 うちのおふくろがよく言っていました。まさに、そういうのは「栄耀の餅の皮」だと。

小島 「栄耀」は贅沢のことですね。餅の皮までむいて餡だけを食べるという、度を超えた贅沢。

養老 だって生きていかなきゃいけないなら、必死に働くでしょ。その必要がないのであれば、幸せだと思ってればいいだけで、育児だけしてればいいというのは、むしろ理想的な生活なんですよ。

関連書籍

養老孟司/小島慶子『絵になる子育てなんかない』

育児休業中に「子どもは自然。大人の思いどおりになんかならない。子育ては田んぼの手入れのようなもの」という養老先生の子育て論に感激し、「先生と子育ての本を出したいんです」と、養老先生の自宅に押しかけた小島慶子さん。それから8年が経ち、ついに念願の対談が実現。理想の子育て像に縛られて自分を追い詰めてしまうイマドキのお母さんたちに、モノにもお金にも学歴にも会社にも頼らない、親と子のあたらしい幸せを提案します。

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絵になる子育てなんかない

産院選びから始まり、幼児教育、お受験、仕事との両立、義理の両親とのつき合い……。「失敗は許されない」というプレッシャーに追いつめられているお母さんは、きっと多いはず。その心を軽くしてくれるのが、解剖学者の養老孟司さんとフリーアナウンサーの小島慶子さんによる対談集、『絵になる子育てなんかない』です。お二人が子育てについてさまざまな角度から語り合った本書より、一部をご紹介します。

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小島慶子

1972年オーストラリア生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。アナウンサーとしてテレビ・ラジオに出演。1999年第36回ギャラクシーDJパーソナリティ賞を受賞。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に『女たちの武装解除』『解縛(げばく)〜しんどい親から自由になる』などがある。

養老孟司

1937年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業。専攻は解剖学。東京大学名誉教授。2003年に刊行された『バカの壁』(新潮新書)は400万部を超えるベストセラーに。「脳」「身体」「自然」をキーワードに、現代人が見失った人間と社会の本質について思索を続ける。『養老孟司の大言論』(全3巻、新潮社)ほか著書多数。昆虫採集は幼少期以来のライフワーク。

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