産院選びから始まり、幼児教育、お受験、仕事との両立、義理の両親とのつき合い……。「失敗は許されない」というプレッシャーに追いつめられているお母さんは多いはず。その心を軽くしてくれるのが、解剖学者の養老孟司さんとフリーアナウンサーの小島慶子さんによる対談集、『絵になる子育てなんかない』です。お二人が子育てについてさまざまな角度から語り合った本書より、一部をご紹介します。
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「教育」なんかした覚えはない
小島 先生のお子さんたちは、受験を経験されたんですか。
養老 娘は受験をしないでアメリカの学校に行っちゃった。息子は受験なしで入れてくれる学校に入りました。
小島 それは先生の教育方針によるものですか。
養老 教育なんかした覚えはないです。自分が教育したら悪くなることはあっても、良くなることはないだろうとわかっていましたからね(笑)。何もしないことが教育方針です。
小島 私はいまのところ、子どもたちに中学受験をさせる気はないんです。そうすると「よく平気ね」とか、「それって無責任じゃない」とか言われるんですよ。地元の公立中学に行かせることがどうして無責任なのか、私にはわからないんです。
養老 よく考えれば逆かもしれない。受験させる親のほうが無責任なのかもしれません。というのは、受験させることが世間の常識なのだとしたら、それと逆をやることは、相当に重大な責任を負うことになりますから。
どちらにせよ、親が責任を負えるのは自分が生きているうちだけで、死んだら知らないよ、となるわけだし。
小島 息子たちに「パパやママは死ぬの?」と聞かれたことがあります。「なるべく一日でも長く生きるように頑張るけど、先に死ぬと思うから、その後は兄弟で助け合いなさいね」と答えたら、なんだか大変なショックを受けていました。
「僕たちもいつかひとり暮らしするの?」と聞くので、「独り立ちするんだよ。自分で働いたお金で自分のご飯を買って、掃除も自分でするんだよ」と言うと、「お家は?」と心配している。「自分で働いたお金で借りるんだよ」と答えると、「えーっ」とさらに強いショックを受けたようでした。
それからというもの、兄弟二人でよくその話をしているようです。独り立ちしたら一緒の家に住もうとか。なかなかおもしろいですよ。
養老 素直に育っているわ(笑)。
小島 私も少し離れてそれを聞きながら、よしよし、と(笑)。
成功体験から自由になろう
小島 私は一九七二年生まれです。さきほど私は母からの影響を大きく受けていたと言いましたが、私に限らず、私たちの世代はどうも自分の親の世代の価値観、つまり昭和の右肩上がりの黄金期に子育てをしていた人たちの価値観をなぞって、自分の子どもを育てているような気がします。
自分こそは子育ての成功者だと思っている祖母たちは、孫も同じようにいい学校に入って、いい会社に入るのが、間違いなく幸せ、成功だと信じている。そして彼女たちは、経済力と発言力を持っているので、なかなか手を引かないんです。直接口を出さないにしても、いま子育てをしている母親たちのアタマのなかには、彼女たちの母親や父親がいるんですね。
私たちは、自分たちの親が見てきた、「石油が安かった」時代の成功体験の風景を、子どもに見せてあげなきゃという強迫観念から、解放されなくちゃいけないですね。
養老 そう。本当に二〇世紀が特殊な世紀だったんです。
小島 自分が子どもだった時代が特殊だった、親たちの言うことは気にしなくていいんだとわかれば、現在三〇~四〇代のお父さんお母さんは、それだけでずいぶん楽になると思うんです。
養老 どういう時代でも成功体験というのは危ないんですよ。
私は最近、林業にも首を突っ込んでいるんだけれど、かつて吉野杉は一本一〇〇万~二〇〇万円で売れた時代があったんです。その時代を覚えている人がいる限り、林業はダメなんですよ。いま現在をゼロとして、そこで収益を上げるところから始めようという気になりませんからね。
小島 成功体験からものを見ると、必ず喪失を語ることになり、劣化を語ることになるんですよね。それだと、いま目の前にあるものから、何も生まれないですね。
私は震災の直後、表参道を歩いて道行く人々にインタビューをしたんです。そのなかで卒業間近の大学四年生が話してくれたことがとても印象に残っています。
彼は四月から社会人になるにあたって、「もう、ゆとり世代なんて呼ばせません」と言ったんです。彼らはバブルを知らない。生まれたときからずっと不況だった。「だからこういうとき僕らは強いんです。僕は社会に出たら人の役に立つ仕事をしたいです」と胸を張った。
いままでバブル世代の大人たちから、「お前らはゆとり世代だろう。かわいそうだな。オレたちはいい思いをしたんだよ」とさんざん言われたけど、自分たちにしてみたらこれが標準装備だから、大人みたいに喪失体験なんかない、その分強いんだという。自分たちにはほかの世代よりも力があるのだと、とても誇りを持っていました。
私も社会に出る直前に地下鉄サリン事件が起きて、働くことは少しだけ世の中を安全にするために自分にできることなんだと思ったんです。私はとても励まされて、よし、私も一緒に頑張ろうと思いました。
養老 私なんか戦後のどん底から始まっているから、ものすごく楽ですわ。私の一番好きな言葉は「どん底に落ちたら掘れ」ですからね(笑)。
絵になる子育てなんかない
産院選びから始まり、幼児教育、お受験、仕事との両立、義理の両親とのつき合い……。「失敗は許されない」というプレッシャーに追いつめられているお母さんは、きっと多いはず。その心を軽くしてくれるのが、解剖学者の養老孟司さんとフリーアナウンサーの小島慶子さんによる対談集、『絵になる子育てなんかない』です。お二人が子育てについてさまざまな角度から語り合った本書より、一部をご紹介します。