27人目は、専務取締役の石原正康です。
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この新型コロナ渦中、心身ともにざわつかせてくれた小説はアルベール・カミュの『ペスト』だった。カミュ34歳の時の作品。で、43歳でノーベル文学賞をとり、46歳でフランス老舗出版社ガリマール社の一員だったミシェル・ガリマールの運転する車に同乗事故死している。けっこう早逝だ。
『ペスト』の中で北アフリカの一都市に住む主人公の医師リウーは、疫病という誰にでも襲いかかる集団不条理のさなかにおいて、日に日に増える感染者を相手に治療に専念していた。
ある朝、彼は「仕事」に真摯に向かっている時こそペストの恐怖を払拭できる時間であることに気づき、驚愕する。彼にとって仕事はパンデミック下で唯一聖なるものだったのだ。
確かに、医者の倫理観は特筆すべきものである。
もし戦地で敵国の兵士が瀕死の状態で運ばれてきた場合、それよりも自国の兵士の傷が少しでも軽いものであれば、敵国の兵士の救命が最優先されるものだと言う。それぞれの仕事に掟があればこそ、専心の境地に到るのかもしれない。
有川さんが描く職業小説は、何もできなかった人間が、その手に仕事をつけるところに実に惹きつけられる。『イマジン?』はテレビ番組の製作現場で働き始めた良井良助(いい りょうすけ)が、おっとり刀で駆け回りながら、次第に仕事の本質を我が物にして行く物語だ。仕事を覚える、これは当人にしたら魔法を手に入れたようなもので、世の中に自分の価値を差し出すこともできることだ。その尊い瞬間が見事に描かれている。
僕はまだファックスも一般的でなかったような時代に22才で編集者として仕事を始め、原稿はもらったその場で読んで作家の目を見て感想を言え、と当時の雑誌の編集長(弊社の社長の見城です)に言われていた。
優れた作家は書き上げた瞬間、作品とそれを書き上げた自らへの恍惚とそれと同量の不安を抱えている。そして、言うまでもなく作家にとって作品を子供のように愛おしい。
だが、どんな優れた文学作品も、本になったら一つの商品だ。それも見通した上、目の前の作家に感想を語ると冷や汗がだくだく流れる。
でもそんな体験が糧となったと今思えるなあ、と良助の活躍を『イマジン?』を読みながら痛感した。
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