猫好きが集い『猫だからね(2)』の発売を寿ぎ猫句会を開催、の予定でした。四月八日、“にゃはー”の日に。しかし、その前夜、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が出され、みなで句座を囲むことはかないませんでした。そこで急遽変更。題して『猫だからね~猫を詠む遠隔句会』。俳句のプロもアマチュアもその中間くらいの人も、「蒼海」主宰の俳人・堀本裕樹さん(猫好き)に中心となっていただき詠みました。みなさんも一緒に参加したつもりでお楽しみくださいニャ!
まずは、参加者の紹介から。
石黒由紀子(エッセイスト) 俳号・雲屯
俳句歴 10年以上前から俳句を詠む機会はなんとなくありましたが、2015年より、月一の定例句会に参加するようになりました。
猫歴 9年前に生後4ヶ月の保護猫を迎えました。名前はコウハイ。それまでは苦手でした。今では「うちに猫がいてよかったなあ」と毎日思います。犬も飼ってます。
菊地朱雅子(「猫だからね」担当編集者) 俳号・御局
俳句歴 2012年より句会に参加。凡百の句を重ねつつ精進中です。
猫歴 今年14歳になる路上出身の男子・せな(喜怒哀楽の「喜」と「楽」しかない)と同居。
小林聡美(女優) 俳号・赤目
俳句歴 2012年より。
猫歴 1990年から現在まで計4匹の猫と暮らす。初代は音ちゃん(享年17歳)、二代目おしまんべ(享年19歳)、三代目ホイちゃん(享年17歳)。現在同居中の猫はペーやん(9歳)、体重7キロ。
丹下京子(イラストレーター) 俳号・青子
俳句歴 半年。
猫歴 0年。ひどい猫アレルギーのため。しかし断然猫派。
長濱良(「小説幻冬」編集長) 俳号・長濱
俳句歴 今回がはじめての作句。
猫歴 飼ったことはありませんが、近所の「招き猫発祥の地」と言われるお寺をよく散歩しています。
宮城晶子(猫好き編集者) 俳号・あきこ
俳句歴 今回がデビュー句会。
猫歴「おとふ」(チンチラシルバー)と7年。
堀本裕樹(俳人)
俳句歴 19歳のとき、大学のサークル「國學院俳句」に入会。師範の宗教哲学者・鎌田東二先生の指導を受ける。その後、角川春樹主宰の俳句結社「河」に入会。3年間「河」編集長を務めたあと独立。現在「蒼海」主宰。俳句歴26年。
猫歴 湘南の片隅に暮らしながら、野良猫に餌を与えている。カバンにはいつ猫に出会ってもいいよう、常にカリカリが入っている。20代の頃は、猫雑誌の老舗であった「猫の手帖社」の兄妹会社「どうぶつ出版」の営業部に勤務。猫の飼育本や写真集などを書店に売り込んでいた。
* * *
【兼題】
句会の前にあらかじめ出しておいて詠む、宿題句。今回の兼題は、季節を詠み込んだ「猫」にまつわる句、三句。取りまとめてくれる担当者にメールで投句。参加者は七名、計二十一の猫句が集まりました。
【投句】
無記名・順不同なので、この時点ではどれが誰の句かわかりません(リアル句会では清記され、その用紙が回し読みされたりします)。
七人が三句ずつ詠みました
春の昼家にいて知るねこの寝子たる
若芝にぽつんと猫や甲子園
隣家より猫もどり来て春の宵
恋猫の怒号蹴ちらし兄帰る
耳を吸ひ目吸ひ腹吸ひ長閑なり
暮れかぬる鴉のやうに鳴く猫は
永き日の猫が寝ている船着場
ふみふみのたんぽぽ綿毛香ばしき
老猫は真顔で気張る五月晴
豪徳寺スマホ持つ手を紅枝垂
どこまでが猫の額や芝桜
見つからぬ猫や菫を見つけつつ
ダイエット素知らぬ寝すがた桜餅
カレー屋のママに過去あり猫の恋
猫型の穴胸にあり春の暮
嫉妬とか嘘とか春の猫の舌
三毛猫の立つる尾に花散りにけり
肉球と接触増える春の闇
花冷えや野猫との距離まだ少し
まぼろしやエルミタージュの猫の恋
ふみつけておしあいへしあう仔猫かな
* * *
【選句・選評】
全二十一句の中から、自分の句以外で気に入った句を三句(特選一句、佳作二句)選びました。みなさんも選んでみてくださいね。
感想なども添えて、選んだ三句を発表します。今回の場合、担当者にメールにて伝えました。誰がどんな句を選んだのか、どう感じたかを知ることができます。
それぞれ好きな句を三句ずつ選びました
雲屯 選
特 選 ふみふみのたんぽぽ綿毛香ばしき
ふみふみしている猫の足先の柔らかくてまあるい感じが浮かんできました。その感触と肉球の匂いとを詠んだ、猫らしい猫句会らしいかわいい句だと思いました。
佳 作 老猫は真顔で気張る五月晴
うちの猫も気張るときには真顔です。それがおかしくてかわいい。共感の意味で老猫の句を。
若芝にぽつんと猫や甲子園
その風景が見えるようでした。堂々とした句で、猫への愛情が感じられました。
あきこ 選
特 選 恋猫の怒号蹴ちらし兄帰る
ニャーニャーと喧しい様子が手に取るようでそんなわちゃわちゃとした中、颯爽と現れるお兄様の存在感と、家族の集まる気配のなんとなく春らしい明るい雰囲気に気持ちが楽しくなりました。
佳 作 猫型の穴胸にあり春の暮
まだ愛猫は近くにいますが、きっと彼がいなくなったら私も猫型の穴が……と思うだけで猫型の穴があいたような。春のさみしさは一段とさみしいなと、ぐっときました。
若芝にぽつんと猫や甲子園
選抜がなくなりがらんとしたあの巨大な甲子園の様子、高校生たちの若々しい青春をおそった突然の虚無感が感じられて、小さな猫と巨大ながらんどうの甲子園の対比が胸に刺さりました。
裕樹 選
特 選 どこまでが猫の額や芝桜
そういえば猫には額があるけれど、いったいどこからどこまでなのだろうと、読み手におもしろい疑問を投げかけている一句です。とぼけた考察をしながらこの句は、中七の切字「や」を用いた、しっかりした型をしているのも魅力。「猫の額」と「芝桜」との取り合わせの句にもなっています。取り合わせとは、全く違うものを組み合わせることで、二つがぶつかり合い、詩的な火花を散らすことですが、この句は「猫の額」というあいまいなものと、春の季語「芝桜」を取り合わせたのが絶妙なのです。なぜなら、「芝桜」というネーミングも「芝」なのか「桜」なのか、不思議なあいまいさを持っているからです。芝のように地面を埋め尽くし、桜のような花を咲かせるので「芝桜」なのだと思いますが、そのどっちつかずの名前が、あいまいな「猫の額」と響き合うのが愉快ですね。
佳 作 ふみつけておしあいへしあう仔猫かな
たくさんの仔猫が寄り集まって、もぞもぞしている様子が目に浮かんできました。「おしあいへしあう」は八音あるので字余りですが、てんやわんやの光景が調べでも伝わってきて字余りの効果が出ていると思います。春の季語「仔猫」だけが漢字で、その確かな存在を示しながら、その他の言葉はすべてひらがな表記になっています。この表記によって、仔猫たちの動きのやわらかさやしなやかさ、可愛らしさが際立って見えてきます。その可愛らしさを「仔猫だなあ」と、さらに詠嘆させているのが切字「かな」なのです。
永き日の猫が寝ている船着場
のどかな春の港の風景に惹かれました。春の季語「永き日」は、まさに昼間ののんびりとした長い時間帯を指しますが、この猫も体を長く伸ばして寝ているのかもしれません。船着場で誰か待っている人でもいるのか、それともただ単に気持ちがいいから寝ているだけなのか。船着場にいると、誰かが、もしくは決まった人が、何かしら餌をくれるのかもしれませんね。それをのんびりと待っている情景にも見えます。
御局 選
特 選 暮れかぬる鴉のやうに鳴く猫は
うちの猫も、窓辺で遠吠えのように鳴くことがありますが、確かに鴉のようでもあります。暮れていく春の夕に、何か言いたいことがあるのでしょうか。猫の気持ちが伝わるような句だと思いました。
佳 作 春の昼家にいて知るねこの寝子たる
リモートワークで自宅で仕事をする時間が増えましたが、まあ、よく寝てます、うちの猫。「家にいて知る」で今の自粛の状況が伝わりつつ、明るくていい句だと思いました。
嫉妬とか嘘とか春の猫の舌
「嫉妬」「嘘」と「猫の舌」の取り合わせがうまいなあ、と。あのざらっとした感じを知っている人ならではの句なのではないでしょうか。
赤目 選
特 選 暮れかぬる鴉のやうに鳴く猫は
「暮れかぬる」という玄人っぽい季語に、ムムム、となりました。実際、猫は鴉のように鳴くことがあります。良いウンチをした後や、まだらの入った老猫(模様のほうじゃないですよ)など。猫に鴉をもってきたあたりかなりチャレンジかとも思いますが、あのなんとも言えない猫のだみ声を鴉のよう、としたところが面白い。「か」行の音も心地良い。日永にだみ声はのどかです。最後に「猫は」とした倒置法も効いています。
佳 作 三毛猫の立つる尾に花散りにけり
三毛猫と桜の取り合わせは視覚的にとても良い。花が散るのはある種さみしい情景だけれど、そこに尾を立てて機嫌の良い猫が通り過ぎれば、過ぎ行く季節への哀感も慰められるというもの。あと、この句は「立つる尾に花」のリズムが良いですね。
嫉妬とか嘘とか春の猫の舌
「春の猫」で終わらず、その着地点を「舌」まで突き詰めているのが面白いと思いました。猫のザラザラした舌を、嫉妬や嘘といった不穏なものと取り合わせたところ、また、他の季節でなく「春」というのが良い。夏だと暑苦しいし、秋は切ないし、冬だと恨めしい。春の嫉妬とか嘘だったら罪があまりなさそう。
長濱 選
特 選 花冷えや野猫との距離まだ少し
季節の移ろいを野猫との距離から考える感覚が、素晴らしいと思いました。
佳 作 永き日の猫が寝ている船着場
時間がゆっくり流れる、暖かな日の港の風景を、一瞬で思い浮かべることができました。
耳を吸ひ目吸ひ腹吸ひ長閑なり
楽しい光景が目に浮かびました。言葉のリズムもとても心地良く感じました。
青子 選
特選 暮れかぬる鴉のやうに鳴く猫は
音の気持ち良さに惹かれてすぐ選んでしまいました。鴉という漢字も好きです。春の夕暮れの光や住宅街に細く聞こえてくる猫の声、ちょっと気怠くてまったりした情景。好きだなあ。
佳 作 三毛猫の立つる尾に花散りにけり
春の猫の美しい絵画のようなシーンが思い浮かびました。声に出して読んでも気持ちいい!
花冷えや野猫との距離まだ少し
野猫との距離が少し近づいたのか、それともまだ遠いのか……作者と野猫が距離感を警戒しあう情景が浮かんで微笑ましい句だなあと思いました。
* * *
【成績発表】
七人が選んだ句をそれぞれ◎ 特選三点、○ 佳作二点として集計しました。
裕樹 十三点
◎◎◎ 暮れかぬる鴉のやうに鳴く猫は
○○ 三毛猫の立つる尾に花散りにけり
見つからぬ猫や菫を見つけつつ
雲屯 九点
◎○ 花冷えや野猫との距離まだ少し
○○ 永き日の猫が寝ている船着場
カレー屋のママに過去あり猫の恋
青子 七点
◎ 恋猫の怒号蹴ちらし兄帰る
○○ 嫉妬とか嘘とか春の猫の舌
まぼろしやエルミタージュの猫の恋
御局 六点
○ 耳を吸ひ目吸ひ腹吸ひ長閑なり
○ 老猫は真顔で気張る五月晴
○ 猫型の穴胸にあり春の暮
赤目 五点
◎ どこまでが猫の額や芝桜
○ ふみつけておしあいへしあう仔猫かな
隣家より猫もどり来て春の宵
あきこ 五点
◎ ふみふみのたんぽぽ綿毛香ばしき
○ 春の昼家にいて知るねこの寝子たる
ダイエット素知らぬ寝すがた桜餅
長濱 四点
○○ 若芝にぽつんと猫や甲子園
豪徳寺スマホ持つ手を紅枝垂
肉球と接触増える春の闇
いかがでしたか。同じ句でもそれぞれ感じ方が違ったり、人の感想を聞いているうちに「そういう意味だったのか!」と膝を打ったり。これも句会のおもしろさ。日々の暮らしの中に猫を感じ、観察していると……、はっ、インスピレーションが! そんなときは、みなさんも情景や気持ちを俳句にしてみてくださいね。
今回、やむなく投句や選評を取りまとめての誌上発表となりましたが、これからはこの手法に近いリモート句会もさかんになるかもしれません。ということは猫と句会参加も可能かニャ?
では、最後に、丹下京子さんが人気句をイラストにした「俳画コーナー」と、堀本裕樹さんによる講評を添えて、今回の『猫だからね~猫を詠む遠隔句会』をお開きとします。
* * *
青子画伯の「俳画コーナー」
暮れかぬる鴉のやうに鳴く猫は
どこまでが猫の額や芝桜
花冷えや野猫との距離まだ少し
講評 堀本裕樹
さまざまな猫の句に出合えて楽しかったです。選んだ句以外にも気になった句がいくつかありました。
たとえば「カレー屋のママに過去あり猫の恋」、いったいカレー屋のママにどんな過去があったのだろうと気になって仕方ありません。春の季語「猫の恋」を下五に置いていますから、きっと恋愛がらみのあまり人には話せない「過去」なんだろうと想像がつきますね。しかし、なぜ「カレー屋」なのか。このへんの描写に妙なリアリティを感じました。
「若芝にぽつんと猫や甲子園」は、新型コロナウイルスのパンデミックによって、春の甲子園が中止になった「若芝」に猫がぽつんといるような風景に見えました。本来なら高校生が汗を流して野球の試合に取り組んでいる球場なのに、どこからか迷い込んできた猫しかいないのです。寂しい甲子園球場の情景が、若芝に猫がぽつんといることで、よけいに浮き上がって見えました。
「老猫は真顔で気張る五月晴」は、老いた猫の真剣に生きる表情が目に浮かびました。季語「五月晴」が、老猫を励ます晴天にも見えてきます。内容がとてもいいので、表現を引きしめてさらにブラッシュアップしたいと思いました。この句は「は」「で」という助詞が、少し説明的になっています。ですから語順を入れ替えて、それを解消したいですね。たとえば「老猫の気張る真顔や五月晴」とするのはどうでしょうか。こうすると、「真顔だなあ」とここが強調されます。老猫が生きている証である「真顔」という表情を切字「や」で詠嘆することで、その句からはもっと老いた猫の姿が見えてきます。
「嫉妬とか嘘とか春の猫の舌」は人間のことを指しているように思いました。人間の嫉妬や嘘というのは、軽いものならまだかわいいですが、一歩間違えると大事になりかねません。「舌は禍の根」とも言いますが、そんな人間のマイナスの感情を「春の猫の舌」に象徴させているように思えました。「猫の舌」はザラザラしていますね。あのざらつきが、どこか嫉妬や嘘といった感覚につながるように思いました。しかも「春の猫」ですから恋をしているわけです。人間はあまりうまくいかない恋をすると、嫉妬も嘘も多くなったりしますね。「嫉妬とか嘘とか」で軽く切れが入って、「春の猫の舌」と場面転換させる描き方がなかなか巧みです。
それから一句に「肉球」という言葉などが入っていると、猫かなと憶測できますが、「猫」の言葉が入っておらず、猫俳句なのかどうか、ちょっとわかりづらい句もありました。「耳を吸ひ目吸ひ腹吸ひ長閑なり」「ふみふみのたんぽぽ綿毛香ばしき」「豪徳寺スマホ持つ手を紅枝垂」「ダイエット素知らぬ寝すがた桜餅」の句がそうですね。これらの句は内容がおもしろそうなので、もう一度「猫」の言葉を入れて推敲されてもいいかもしれません。
最後に、みなさんが一生懸命、猫俳句にチャレンジしたことに心から拍手を送りたいと思います。お疲れさまでした!
「小説幻冬」2020年6月号より (構成・石黒由紀子 イラスト・丹下京子)
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