『清須会議』
三谷幸喜/幻冬舎刊 \1,470
信長亡きあと、清須城を舞台に、歴史を動かす心理戦が始まった。猪突猛進な柴田勝家、用意周到な豊臣秀吉。「情」と「利」の間で、どちらにつくか迷う、丹羽長秀、池田恒興ら武将たち。愛憎を抱えながら、陰でじっと見守る、お市、寧、松姫ら女たち。キャスティング・ボートを握るのは、誰なのか。歴史の裏の思惑が、今、明かされる。三谷印の傑作時代エンタテインメント。
本格歴女とはいかないまでも
プチ歴女はいかがでしょう?
歴女。
えーと、確か数年前に流行語になりましたよね。今やすっかり定着した言葉と思われますが、あなたの近くにもいませんか。
私事、友人に歴女がおりまして、彼女のフェイスブックを覗いてみますと、こんな感じ。
「久しぶりに抹茶を頂いた→何故か戦国時代の千利休を思い出し→切腹まで連想したところでやめた」
「東京で雪が積もると、どうにも赤穂浪士を思い出して頭の中で討ち入りしちゃう」
「中岡慎太郎の故郷。すごい山の中。ここから表舞台にうって出た慎太郎、スゴい」
おおう、と唸ってしまいます。最後の中岡慎太郎(幕末の志士で、坂本龍馬と共に活躍した人です)に至っては本人の生家まで行っているワケですよ。ちなみに新選組副長・土方歳三の最期を追って函館五稜郭まで行った写真もありました。見事です。
まあ彼女レベルにまではいかなくても、本好きのみなさんなら古いにしえの人々に思いを馳せた経験はあるかと思います。
でも「歴史は苦手で……」という方もいることでしょう。そんなアナタに是非読んでいただきたいのが三谷幸喜著『清須会議』です。
当代一のストーリーテラー
三谷さんは歴史が大好き!
著者、三谷さんの作品を知らない人はいないでしょう。思いつくものだけ挙げてみますとテレビドラマの脚本では「古畑任三郎」「新選組!」、映画では脚本と監督をこなした「THE有頂天ホテル」「ザ・マジックアワー」、五十歳となった昨年は「ステキな金縛り」が記憶に新しいですよね。そんな当代一の人気作家である三谷さん、実はかなりの歴史マニアでもありまして、子供の頃から歴史書を愛読していたとのこと。
それなのでテレビドラマでも前述のNHK大河ドラマ「新選組!」をはじめ、舞台でも「巌流島」「彦馬がゆく」「決闘!高田馬場」など歴史上の実在人物を使い、独自の解釈で書き下ろした作品もたくさんあるのです。そんな三谷さんが長年温めていた歴史のテーマがこの「清須会議」でした。
「清須会議、何それ?」って声が聞こえてきそうですね。戦国時代に興味があるなら押さえておきたいキーワードなのですが、ざっくり説明しますと織田信長(さすがにこの方はご存じでしょう)が本能寺の変で倒れ、その後継者を決める会議のことです。会場は清須城。東海道新幹線で名古屋から大阪方面に向かってしばらく行くと、進行方向右手に新しい城が立っているのを見たことはありませんか。もちろんその城ではないのですが、そのあたりに立っていた城で行われた会議なのです。
秀吉の天下取りにつながる
ターニングポイント
本書『清須会議』を楽しんでいただくためにもう少し詳しく説明しましょう。「そんな話もう知ってるわよ」という歴女の方、このくだりはすっとばして次に行ってください。
織田信長が明智光秀に討たれたのち、彼の後継者選びと領地分配を話し合うために重臣たちが集められました。主なメンバーは羽柴(豊臣)秀吉と池田恒興、秀吉に対抗する柴田勝家と丹羽長秀。
信長の嫡男である信忠は亡くなったため、後継者は次男の信雄、三男の信孝のどちらかになります。周囲から馬鹿と評される次男信雄を敢えて推し、実権を握ろうと企む羽柴秀吉と、そうはさせじと三男信孝を推そうとする柴田勝家──本書は秀吉と勝家を中心にしたせめぎ合いを描いています。押され気味だった秀吉でしたが、亡くなった信忠の子供、つまり信長の嫡孫である三法師を担ぎ出すという奇策に打って出ます。その展開がなかなかに面白い。
それ以外にも前田利家、信長の実妹お市といった大河ドラマでお馴染みのキャラクターも物語に花を添えております。秀吉の妻も登場しておりますが、彼女の名称を「寧々」ではなく「寧」と表記したのは三谷さんが初めてでしょう。
歴女になりたくてもなれないアナタの不安として、前述の「領地分配」「嫡男」といった難しい表現があると思われます。「しかと承りまする」とか「ござそうろう」などなど、「そんな言い回し、普段使っているわけじゃないし、どうにも入り込めなくて」という声も聞こえてきそう。
いえいえ、三谷版の歴史小説にそんな心配はご無用です。秀吉に負けないくらいの奇策を持ってきてくれましたから。
これぞ三谷ドラマの真骨頂
キャラ満載の群像劇に釘付け
三谷さん、登場人物のセリフをすべて「現代語訳」で書いているのです。しかも抱腹絶倒のぶっちゃけトーク。
例えばプロローグ、本能寺で自刃する織田信長。
──今、ちょっと腹の皮を切ってみた。あ、意外と痛い。お腹切るって結構、きついんだよね。
えー、これが信長の最期!?
信長だけではありません。続いて信長を失った羽柴秀吉のモノローグ。
──お館様の死は、オレにしてみれば、千載一遇の好機だった。まさに天が与えてくれたチャンス。ラッキーとしか言いようがない。
何でしょ、のちの天下人となる秀吉のチャラそうなセリフ。ちょっと古くなるけれど「古畑任三郎」で西村雅彦さん演じる「今泉君」を連想してしまうじゃないですか。
ここまでわかりやすく歴史上の人物の心理描写が表現できれば、あとはいつもの三谷ワールドに読み手を誘い込むことは簡単です。「殺してしまえホトトギス」の信長であっても「あ、意外と痛い」なのですから、すべての登場人物が愛すべきキャラクターになってしまうのです。
本書は天正十年六月二十四日から五日間に渡って繰り広げられる信長家臣たちのやりとりがメインとなりますが、それぞれのモノローグで構成されています。主君を思う柴田勝家の愚直なまでの無骨さ、一方でお市に対し「これが恋なのですね」と胸に秘めた想いは笑いを超えて切ないのです。狡猾(こうかつ)なイメージの秀吉は策を繰り出すものの、上手くいかないと「くそう」と悔しがったり、部下である黒田官兵衛に慰められたりしています。また、注目したいのは物語のカギを握る女性たちの活躍です。男くさいドラマと思いきや、寧は夫・秀吉のために陰で動き回る。勝家サイドで秀吉にしてやられたお市でしたが、ただでは転ばずに最後の最後でガツンとやってくれる。そう、女性は強いのです。
『GINGER L.』 2012 WINTER 9号より
食わず嫌い女子のための読書案内
女性向け文芸誌「GINGER L.」連載の書評エッセイです。警察小説、ハードボイルド、オタクカルチャー、時代小説、政治もの……。普段「女子」が食指を伸ばさないジャンルの書籍を、敢えてオススメしいたします。
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