北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、横田滋さんが、先日87歳で亡くなりました。生死もわからない娘の生存を信じ、行方を探し続けた滋さんと、妻・早紀江さん。2012年4月刊行の『めぐみへの遺言』は、その長きにわたる夫婦の闘いの日々をジャーナリストの石高健次さんが追った、涙なしでは読めない一冊です。追悼の意を込めて、本書の一部をご紹介いたします。
* * *
―――今は言葉が軽すぎる?
早紀江 そう、特に政治家の言葉が。痛みを感じたりする感性があまりないのでしょう。
―――総理大臣を経験された鳩山由紀夫氏ですが、私がテレビ朝日系の『サンデープロジェクト』を担当していた頃の一時期、石川県の寺越友枝さんが家族会と一緒に活動されたことがあったんです。息子さんが漁の手伝いで能登沖に出たまま北朝鮮へ連れていかれた。息子が北朝鮮で暮らしている手前、漁船が遭難して助けてもらったと言われるけれど実際は拉致だと皆思うから、ある日、スタジオ出演して語ってもらいました。たまたま総選挙の前の週の日曜日だったかで、野党の幹事長だった鳩山由紀夫氏も田原さんのコーナーで出ていた。
放送のあと、向かいのホテルで寺越さんと昼ご飯を食べていたら鳩山氏が入ってきたので、寺越さんを促して彼のところに連れていったんです。この人はまだ政府が動いてくれないのですが拉致された人のお母さんです、と説明して力になってほしいと考え、一言二言話し始めたら、上の空というか虚ろな目をしてまるで無視というか、「あっそう、ふーん」の一言を残してスーッとその場を去っていった。寺越さんの顔を見たら無念の表情で、「何、あのひと!」って感じでした。
早紀江 そうでしたか……。
―――その人が政権交代で総理大臣になった時、「友愛」「命を大切にする政治を」と謳うたい上げるんですから。
早紀江 だから結局それは、自分の利のためにやっているということでしょう。国会で議員さんたち、びっちり扇形に座ってらっしゃるけど、誰が何を知っているのかと不安に思います。この前、講演で思わずそう思いませんか? と言ってしまったけど。それはすごく日本全体の損失だと思います。日本の国民が選ぶ目もどこかへ行ってしまったのかな。私たちの方も悪いし、選挙制度も何か変だと思う。
じゃあ、どうしたらいいのかって、それが分からないけれど。アメリカの大統領制みたいに選挙で自分の信念をはっきりと国民に訴えて、市民の方も今はこの人が大統領には良いだろうと考えて選ぶ。それから長くて8年という長い期間を、熱意を込めてやるわけですから。
日本では、あの人には総理大臣にはなってほしくないと思っていてもなってしまいますよね、勝手に。いつもそうだけれど。
口から出てくるのは、フワフワした綿菓子みたいな言葉ばかり。
―――滋さんそのあたりを、どう思いますか?
滋 ……。
早紀江 主人は本当にのんきで、あまりそういうことには怒らないの。私一人怒っています。
滋 ……。
―――滋さんはあまり腹立ったりしませんか?
滋 ……。
早紀江 あんまりしない。やっぱり日銀マンなんです。穏やかでおおらかで。まあ、珍しくここまで、国を相手にやってきましたけど。
―――日銀を辞めて、もうずいぶん長い時間が経ってますけど。
早紀江 そうそう。
滋 一人ひとりに言ってもやっぱりそれは効果がないから、総理がリーダーシップをとってやるしかないんです。
―――最初は希望を持っていたじゃないですか、特に安倍さんに対しては。それが、途中で辞めてしまって、その後今まで全然ダメでしょ。
早紀江 政府の人は、仕事だし、絶対一所懸命やって下さっていると思い込んでいた。給料もたくさんもらっているし、いい暮らしもしている。こんな大変なことが起きたら、一緒になって何かやって下さっていると思い込んでいたんです。それが、今になってみると、何の情報も入ってこないし何もしていないという感じでしょ。だから、本当に力が抜けてしまうんです、これまで一体何だったんだろうと。
福田総理の時、官邸に呼ばれて「私の代で必ず解決します。だからみなさん、あまり私を毛嫌いしないで下さいね」と微笑みながら言われたのを家族会の人たちは忘れていない。なのに、1年後にスーッと消えた。なんで辞めちゃったの? という感じです。
滋 辞めた真相がわからない。記者会見で「(私は)あなたと違うんです」と言っていた。どう違うのか、それもわからないまま。
早紀江 政府って、政治家って私たちには何も分からない世界だと思いましたし、今もその思いはずっとあります。
―――繰り返しになりますが、安倍晋三さんが総理になられた時、家族会はすごい期待をしたのに1年で辞任されて、がっくり。
早紀江 私もそう。辞められたあと、私たちの知らないところで何かされていただろうからいずれ成果が表に出てくるだろうと思っていたのに、何も出てこなかった。だから、何だったのだろうと。
めぐみの拉致が出てから、総理大臣はコロコロ替わるし、外務大臣だって何回替わっているか分からない。私たちはもう、人間不信になっています。
※肩書きは当時のものです
めぐみへの遺言
北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、横田滋さんが、先日87歳で亡くなりました。生死もわからない娘の生存を信じ、行方を探し続けた滋さんと、妻・早紀江さん。『めぐみへの遺言』は、その長きにわたる夫婦の闘いの日々を追った、涙なしでは読めない一冊です。追悼の意を込めて、本書の一部をご紹介いたします。