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めぐみへの遺言

2020.06.28 公開 ポスト

「私は生きているよ」…めぐみさんの写真を手に号泣した横田夫妻横田滋、横田早紀江、聞き手/石高健次

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、横田滋さんが、先日87歳で亡くなりました。生死もわからない娘の生存を信じ、行方を探し続けた滋さんと、妻・早紀江さん。2012年4月刊行の『めぐみへの遺言』は、その長きにわたる夫婦の闘いの日々をジャーナリストの石高健次さんが追った、涙なしでは読めない一冊です。追悼の意を込めて、本書の一部をご紹介いたします。

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2004年5月、小泉総理は二度目の訪朝を果たし、すでに生還していた被害者のうち地村保志夫妻と蓮池薫夫妻の子供たち計5人を連れ帰った。

同年11月、平壌で行われた日朝実務者協議で藪中三十二(やぶなかみとじ)アジア大洋州局長は、めぐみさんの夫から「めぐみのものだ」を遺骨を渡され持ち帰った。それは、都内のホテルで横田家に渡された。

*   *   *

早紀江 あの遺骨のとき、主人と拓也、哲也と4人で座っていて、「これが向こうで渡されためぐみさんのものです」と言われ主人が受け取った。

 まったく見えない、何十年たってもめぐみの姿が見えないところに、これがめぐみの遺骨だと言われて帰ってきたんです。遺骨を納めた箱を受け取った主人は、「だけどどうしよう?」という感じで中の骨を見ることもなく返しました。

 藪中さんが、鑑定させていただいて発表してもいいですかと訊かれたので、徹底的に鑑定していただいて国民の方々へすべての真実を報道して下さいとはっきり言いました。

 その時、「これが、一緒にあずかってきたものです」といって外務省の方からいただいたのがめぐみの写真でした。

 3枚のうち1枚が、白いブラウスにジャンパースカートを着ていた。あちらに連れていかれて間もなくの頃に撮られたんだろうと聞きました。めぐみがいなくなって、学生服の白いブラウスをどれほど長い年月探し回ったことか。町で、あっ、あの人がそうかもしれないと思って駆け寄ったら、めぐみじゃなかった。そんな思いまでして捜し求めた白いブラウス姿。今までで最高に辛かった。なんというさびしい顔をしているのかと思いました。連れていかれる船の中で閉じ込められた船室のドアを爪でかきむしっていたと聞かされていましたから、そのあとの写真だと思うと……。

「私は死んでなんかいないんだよ、お母さん。ここに生きているんだよ、だけど、助けてと叫ぶこともできないんだよ」というような顔をして、じっとこちらを見つめていた。

 遺骨だと言われるものを見た時よりも、ずっとショックでした。ほんとにその写真を手のひらに載せて、めぐみちゃん、こんなところにいたの、長い年月、本当にお母さんたち、まだ助けられなくてごめんなさいと思わず涙を流しました。二人の弟たちも、外務省の方々の前で嗚咽(おえつ)しておりました。

 

 あとの2枚の写真はもう大人になっていた。私たちの知らない姿です。ちゃんと生きていたんだなとほっとする気持ちもあった。どんなところで暮らしているのだろうか、政治犯収容所に入れられたのだろうかとか、そんな風には思いたくないけど想像したこともありましたから。

 

 北朝鮮に着いたばかりの写真、表情がね、あんなさびしそうな顔をしためぐみは見たことがなかった。大人になった時の顔は、うちの妹に少し似ているなと思いました。

 写真と一緒にめぐみの手書きのメモをもらった。おそらく向こうで身上調書を取られた時のものではないかと思いますが、大学ノート位の大きさで鉛筆書きでした。上に新潟の自宅住所、下へ順に「父は日本銀行新潟支店勤務」、「滋、早紀江、拓也、哲也」と家族の名前とそれぞれの年齢があった。滋は「45歳」、早紀江は「42歳」などとなっている。4人の誕生月からすると早紀江だけが2月の誕生日が来ているが11月生まれの私と8月の拓也、哲也は誕生日がまだ来ていない年齢になっている。だから2月から8月の間のある時期にメモを書かされたと考えられます。また、写真の服装からすると真夏でもないし真冬でもないから、拉致されて半年後、つまり1978年の4月か5月頃に書かされたのではないかと。白いブラウスの写真もその時に撮られたのだろうと思っています。

 メモにはめぐみ自身のことも書いてあって「趣味は読書。一日中本を読んでいてもいい性格」と記されていました。

 

―――写真の白いブラウスは、拉致された時、つまり学校帰りに行方不明になった時の服ですか?

 いえ、違うんです。行方不明時のめぐみの服装は尋ね人のポスターになっているもので、春に桜をバックに立っているところを私が撮影しました。その後、夏服に替わって、夏が終わると、また春の服を着るようになって、その姿でいなくなったんです。

 蓮池薫さんから聞いていたのですが、めぐみは専業主婦で食べ物も不足することはなかったし、夫と一緒に赤ちゃんをベビーカーに乗せて散歩したり海水浴へ行ったりハイキングしたりしていたと。曽我ひとみさんからも、特に厳しい生活とは聞いていなかった。

 だから、楽な暮らしをしているのかと思っていたら、後で帰って来た曽我さんの夫ジェンキンスさんからそうでないところもあると知らされた。冬は寒くて家にある服を全部重ねて着込んでいたんだと。

 

早紀江 あれは、色は薄いけれどカラー写真でした。紺のジャンパースカートを着ているけど、あんな服は持っていなかったから向こうであてがわれたものだと思うのです。寄居中学の制服は、上がブレザーで、下は、腰までのスカートかジャンパースカートかの二通りあって、どちらを選んでもよかった。確か、めぐみはジャンパースカートなど買っていなかったから。

 いなくなった時は、白い毛糸のセーターを着ていたんです。今でも柄を覚えていますが、胸の上あたりに動物園の「ZOO」の紺の字が並んでいて、その下にゾウの図柄が赤と紺で編み込んである。これだったら寒くないから、白いブラウスの上に着ていきなさいと言いました。それは、未だに向こうが出してきていない……。

 私は泣きながら写真をさすってね。外務省の斎木さんたちも泣いていらした。でも、泣かなくていいのよね、絶対生きているんだからと自分に言い聞かせながら、けれど泣いていました。

※肩書きは当時のものです

関連書籍

横田滋/横田早紀江/聞き手 石高健次『めぐみへの遺言』

とにかく自由にしてやりたい。あんな国に閉じ込められたままで消えてもらいたくない。 生きている間にせめて1時間でもいい、日本に帰って来てほしい……。 生死もわからない娘の生存を信じ、行方を探し続けた夫妻が出会った世の中の不条理とは?

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めぐみへの遺言

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父、横田滋さんが、先日87歳で亡くなりました。生死もわからない娘の生存を信じ、行方を探し続けた滋さんと、妻・早紀江さん。『めぐみへの遺言』は、その長きにわたる夫婦の闘いの日々を追った、涙なしでは読めない一冊です。追悼の意を込めて、本書の一部をご紹介いたします。

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横田滋、横田早紀江、聞き手/石高健次

横田滋(よこたしげる)

1932年11月徳島県生まれ。11歳で札幌へ転居。高校卒業後、日本銀行に入行し、札幌支店を転出する61年までを札幌で過ごす。62年、名古屋支店時代に知人の紹介で早紀江さんと結婚。64年10月めぐみさんが生まれる。本店、広島支店勤務ののち、76年新潟へ。翌年、めぐみさんが中学1年生の時、下校途中に行方不明となる。20年後の97年1月、拉致の情報が飛び込む。2月に大きく報道され、3月、拉致被害者家族連絡会が結成されると代表となり、政府への要請、マスコミの対応など救出に向け精力的に活動。2007年11月代表を退任後も、街頭署名や年に100回前後の講演活動を続ける。2020年6月5日逝去。

 

横田早紀江(よこたさきえ)

1936年2月京都府生まれ。高校卒業後、繊維関係の商社に約4年半勤務。その後、友禅染めの工房で型染めの染色をする。結婚後、めぐみさんと、双子の息子を出産。めぐみさんがいなくなったあと苦悩の日々を過ごすが、クリスチャンの友人の勧めで聖書を読み、癒されていくのを実感。7年後、めぐみさんが20歳になる年に洗礼を受け、その後は教会に通ったり家庭集会に出たりして、礼拝、聖書の学びに参加している。夫滋さんとともに拉致問題を世に訴えるため精力的に活動、全国の都道府県すべてを回った。2006年には息子拓也さんとホワイトハウスでブッシュ大統領に面会、大統領が北朝鮮を非難する声明を出している。

 

石高健次(いしだかけんじ)

1951年2月大阪府生まれ。74年朝日放送入社。2011年退社するまで数多くのドキュメンタリー番組を手がける。81年、在日コリアンへの差別を告発した『ある手紙の問いかけ』でJCJ奨励賞。97年、横田めぐみさん拉致を突き止め、その経緯と家族たちの苦悩を描いた『空白の家族たち』で新聞協会賞。2005年、アスベスト健康被害でクボタの被害実態を世に出し社会的問題化のきっかけを作った。著書に『金正日の拉致指令』(朝日文庫)、『これでもシラを切るのか北朝鮮』(幻冬舎文庫)など。現在フリーランスで活動中。

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