広岡達朗さんの新刊『プロ野球激闘史』は、巨人現役時代のライバル、西武・ヤクルト監督時代の教え子から次世代のスター候補まで、27人を語り尽くした“広岡版・日本プロ野球史”。「サインを覚えなかった天才・長嶋」「川上監督・森との確執」「天敵・江夏の弱点とは?」――セ・パ両リーグ日本一の名監督による、知られざるエピソードが満載です。
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昨年の日本シリーズはソフトバンクの4連勝であっけなく終わった。MVPは4試合で3本のホームランを飛ばしたソフトバンクの内野手・グラシアルだったが、私の考える真のMVPは、捕手として巨人の生命線である坂本勇人と丸佳浩を抑え込んだ甲斐拓也だ。
この超短期決戦で、巨人の2番・坂本と3番・丸はともに打率.077、ホームランは1本もなかった。しかしあらためていうまでもなく、巨人が5年ぶりにリーグ優勝し、6年ぶり35度目の日本シリーズに進出できたのは、この“サカマル”が打線を牽引したからだ。
ところが日本シリーズでは、ソフトバンクのバッテリーがこの2人を徹底的に抑え込み、分断した。なかでも見事だったのは、捕手の甲斐が坂本の得意とする内角を攻め抜き、エース・千賀滉大をはじめ投手陣がそのサインに応えたことだ。だから私は、司令塔の甲斐に、2018年に続いて2年連続のMVPを与えたい。
武器は肩より絶妙なコントロール
甲斐は2010年オフ、大分県楊志館高校から育成選手として入団した。17年から一軍で100試合以上出場して正捕手になり、8年目の18年、日本シリーズでブレイクした。
このシリーズでは打率.143だったが、広島を相手に6連続盗塁阻止でシリーズ新記録をつくり、100%の盗塁阻止率を達成した。
ペナントレースでセ・リーグ1位の盗塁数を誇る広島を完封した甲斐をマスコミは「甲斐キャノン」と呼んだが、私は甲斐を強肩とは思わない。彼の最大の武器は、二塁ベースに百発百中のストライクを投げ込む絶妙なコントロールである。
私は現役時代、巨人のショートだった。その経験からいえば、盗塁を刺すのは送球のスピードよりコントロールだと思っている。走者一塁のとき、投手がクイックモーションで投げてから、捕手の送球が二塁に届くまでの目安は3.2秒だが、捕手からの送球が1メートル横にそれたり高すぎたら、タッチするまでにさらに0.4秒ほどかかる。これではどんな強肩捕手もアウトにできるはずがない。
身長170センチでペナントレースの打率が2割3分程度の捕手が最強軍団・ソフトバンクの正捕手になれたのは、育成時代から黙々と制球力を磨いてきたからだろう。
ソフトバンク黄金時代を築いた三軍制度
育成選手といえば、甲斐をもっとも信頼しているエース・千賀も育成出身である。
愛知・蒲郡高校出身の千賀は甲斐と同期入団の本格派で、2016年から19 年まで4年連続2ケタ勝利を続けている。19年は奪三振のタイトル獲得とノーヒットノーランも達成した。
ソフトバンクの日本シリーズV3で際立ったのは、主力選手の負傷欠場が多いなかで控え選手が活躍する層の厚さである。その象徴が育成出身の千賀̶甲斐のバッテリーであり、それは三軍専従のスタッフが充実した練習施設で育成選手を指導してきた成果だった。
米大リーグに比べてファーム組織が質量ともに貧弱な日本で、初めて三軍をつくったのは巨人だった。1990年に生まれた巨人の三軍は2年しか続かず、西武も92年だけ三軍を置いたことがあった。
だが育成ドラフトが生まれた2005年からは、二軍の一部を実質三軍として若手選手の育成や故障者のリハビリ・調整を行う球団が多くなった。
毎年25人前後の育成選手を抱えるソフトバンクは、2017年から三軍監督と7人の専従コーチが三軍スタッフとして育成選手の指導に当たってきた。2020年時点ではソフトバンク、西武、巨人、広島の4球団が正式に三軍を設置しており、21 年にはオリックスも続くという。
求められる三軍スタッフの指導力
どの球団も、高額の資金を投じてFA(フリーエージェント)やトレードで他チームから選手を補強するだけでなく、ドラフト会議で獲得した選手を育てることに力を注ぐのはいいことだ。しかし育成選手や三軍の実態を見ると、練習より各地の独立リーグや社会人チームなどとの試合でスケジュールが埋まっているチームが多い。
「練習も大事だが、試合で実戦経験を積ませたほうが成長する」ということだろうが、三軍と二軍では意味合いが違う。
二軍では一軍昇格をめざしてイースタン・リーグなどで実戦の経験を積むことも必要だが、未完成の選手が多い三軍は基本をしっかり教えて素材を育て上げるところである。三軍の役目と意味を間違えないよう、監督・コーチの野球知識と指導力が求められる。
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