戦後最悪ともいわれる、新型コロナウイルス感染拡大による景気後退。不透明な社会情勢が続くなか、実はコロナ以前から日本は「貧しく、住みにくい国」になっていました。その衝撃の現実をデータで示した『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』(加谷珪一氏著、幻冬舎新書)が発売後、5刷目の重版となりました。
このところネットを中心に話題となっている、日本人の「給料安すぎ問題」。これも貧しくなるこの国の一側面を表しています。日本人の給料はどの程度安く、それが私達の生活にどのような弊害をもたらすのか。本書から抜粋して解説します。
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気づかぬうちにどんどん貧しく
日本は物価の下落が続いていると喧伝されていますが、それは国内要因だけで決まる一部の製品やサービスに限った話です。海外から輸入される製品は、海外の価格がそのまま適用されますから、国内事情とは関係なく値上がりします。海外と比較して賃金が安い国は、同じ輸入品を購入する場合でも、より多くの負担が必要となりますから、最終的な可処分所得は減少します。つまり、端的に言うと賃金が安い国は、その分だけ貧しくなってしまうのです。このところ私たちの生活が貧しくなったとの感覚を持つ人が増えていますが、その理由が、まさにこれです。日本人の賃金が相対的に下がったことで、私たちの購買力が低下し、これが社会の貧しさに直結しているのです。
こうした貧しさは至る所で観察することができます。
ここ数年、食品の価格を据え置き、内容量だけを減らす、いわゆる「ステルス値上げ」が横行していました。食品に使われる原材料の価格は海外の物価上昇の影響で年々上がっており、食品メーカーの利益は減る一方です。本来であれば、原材料価格が上がった分だけ製品の価格を値上げすればよいのですが、日本人の賃金が上がらないので、値上げを実施すると商品が売れなくなってしまいます。苦肉の策として考え出したのが、価格を据え置き、内容量だけを減らすというやり方なのですが、これは、海外の物価上昇に対して日本人の購買力が低下し、同じ価格では少ない量しか買えなくなったことが原因なのです。値段が変わらないので、何も変わっていないように見えますが、こうした行為は、最終的には生活感覚の貧しさにつながっていきます。日本が安い国になっていることは、経済的に見ると悪いことだらけですから、「物価が安いので暮らしやすい」と考えるべきではないのです。
もはや、自動車は富裕層の持ち物に
グローバルに価格が決まる商品の代表といえば、やはり自動車でしょう。
自動車産業というのは完全にグローバル化しており、ガラパゴス化が激しいといわれる日本の産業界の中では、極めて異質な存在です。業界トップのトヨタ自動車は、年間約900万台の自動車を販売していますが、国内での販売比率はわずか24%です。残りは北米やアジアなど海外での販売となっており、トヨタのビジネスは国内事情とはほぼ無関係に決まってしまいます。生産体制もほぼ同様で、コストが安い地域で生産し、売れる地域で販売するというのが原理原則です。トヨタは業界内でも国内生産比率が高い部類に入りますが、それでも生産の約半分は海外となっています。
そうなってくると、自動車の販売価格というのは国内事情とは無関係に決まってきます。具体的には世界経済の成長とそれに伴う全世界の消費者の購買力が大きく影響します。ここ20年、世界経済は順調に成長し、日本を除く各国では物価も上昇してきましたから、自動車の価格も上がる一方でした。自動車はマイナーチェンジを繰り返しますし、同じモデルでもオプションによって最終的な販売価格が異なるため、同一条件での価格推移を調べるのは困難です。しかしながら、自動車メーカーの販売総額を販売台数で割れば、1台あたりのおおよその価格推移を把握することが可能です。
図①はトヨタ自動車の1台あたりの価格推移を示したグラフです。
1990年代には200万~250万円程度だった自動車の平均価格は2000年代には250万円を超え、2015年以降は300万円を突破しています。日本はデフレが続いているなどと喧伝されていますが、自動車の価格はデフレなどまったくお構いなしであることが分かります。日本には軽自動車という諸外国にはない特殊な車種がありますが、軽自動車というのは、所得が低い零細事業者でもトラックなどを保有できるよう、政府が例外的に作ったカテゴリーです。ところが、近年の国内市場では、特殊なカテゴリーであるはずの軽自動車しか売れないという異常事態が続いています。それは普通自動車の価格が、消費者にとっては手が出ない水準まで上がってしまったからです。装備にもよりますが、200万円もする軽自動車が存在する時代ですから、よほどお金に余裕のある人でなければ、簡単には普通車の購入を決断できません。最近よく指摘される若い人の車離れも、大半の理由は経済的なものと考えるべきでしょう。ちなみにグラフには日本の労働者の平均年収も記載しています。平均年収は過去30年でむしろマイナスとなっていますから、相対的な自動車の価格は激しく上昇していることがお分かりいただけると思います。現在の平均年収は約430万円ですが、自動車価格が300万円を超えているとなると、年収分に近い金額ということになります。日本人にとってもはやクルマは富裕層の持ち物になってしまったのかもしれません。
海外は物価以上に賃金も上昇している
では実際のところ日本の賃金というのは諸外国と比較してどの程度なのでしょうか。
図②は各国における1990年以降の実質賃金の推移をグラフにしたものです。実質賃金というのは物価を加味した賃金のことで、名目賃金を物価指数を用いて修正し、購買力平価の為替レートを使ってドル換算したものですから、物価の上昇分も考慮した数字です。つまり実質賃金の推移を見れば、各国の労働者が本当のところどれだけ豊かになったのかについて知ることができるわけです。グラフを見れば一目瞭然ですが、日本人の賃金は過去30年間ほとんど上昇していません。
一方、日本以外の先進諸外国は同じ期間で賃金が1.3倍から1.5倍に増えています。繰り返しになりますが、これは実質賃金なので、物価も加味された数字です。賃金が高い代わりに物価も高いので暮らしにくいということではありません。
もう少し分かりやすく、名目上の賃金で比較してみましょう。同じ期間で米国は賃金が2.4倍になっていますが、消費者物価は1.9倍にとどまっています。スウェーデンは賃金が2.7倍となりましたが、物価は1.7倍にとどまっています。一方、日本の賃金は横ばいですが、物価は1.1倍とむしろ上昇しています。日本以外の国は、いずれも賃金の伸びよりも物価上昇率の方が低いことが分かります。
各国は物価も上がっているのですが、それ以上に賃金が上がっているので、労働者の可処分所得は増えています。一方、日本は同じ期間で、物価が少し上がったものの、賃金は横ばいなので逆に生活が苦しくなりました。一連の数字から、リアルな生活水準として、諸外国の労働者は過去30年で、日本人の1.3倍から1.5倍豊かになったと見て差し支えないでしょう。日本の国力が大幅に低下し、国際的な競争力を失っており、その結果が賃金にも反映されているのです。
貧乏国ニッポン
戦後最悪ともいわれる、新型コロナウイルス感染拡大による景気後退。不透明な社会情勢が続くなか、実はコロナ以前から日本は「貧しく、住みにくい国」になっていました。その衝撃の現実をデータで示した『貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか』(加谷珪一氏著、幻冬舎新書)が発売後、4刷目の重版となり、反響を呼んでいます。
この30年間で日本がどう世界から取り残され、コロナで私達の生活はどう変わり、どう対処すればよいのか。内容を少しご紹介いたします。