なぜ日本人は「幽霊」を恐れ、アメリカ人は「悪魔」を恐れるのか。「サーカスのピエロ」や「市松人形」に、そこはかとない恐怖を感じるのはどうしてか。映画『エクソシスト』や、スティーブン・キングの小説は、なぜあれほど怖いのか……。稀代のホラー作家、平山夢明さんの『恐怖の構造』は、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察した一冊。「恐怖の正体」が手に取るようにわかる本書より、その一部をご紹介します。
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ホラーと一般小説の融合に成功
恐怖の一冊という言葉が出てきたので、スティーブン・キングについても話しておきましょうか。ホラーを語るうえで、キングは避けて通れない偉大な先達のひとりですから。
キングは『キャリー』でデビューしたのち、現在に至るまで数えきれないほどの長短編を発表、その多くが世界各国で愛読されています。ホラー小説を主軸に据えた書き手で、彼ほど支持されている小説家はいないでしょう。では、キングはなぜここまで人気なのでしょうか。彼のなにがそれほど偉大なのでしょうか。その答えこそ、ホラー小説を書くための参考になるかもしれません。
僕が思うに、キングはホラーと一般小説の融合を(キング以前に登場した作家たちの小さな成功を除けば)はじめて成しとげた作家です。ホラーというジャンルは、グリム童話などに通じるジュブナイル的な側面があります。未知なるものに不安を抱く子供が恐怖を乗り越えて大人になる、そんな成長譚としての要素と一般小説の文脈を組み合わせることに成功したのが、キングなんです。
キングは基本的に、一作につきホラー的なギミックはひとつしか入れません。それは「理解できない超常的な力」と「それを仮託された人間や生物、もしくは物体」だけ。あとの部分は一般小説なんですよね。その「一般」の部分に普遍性があるんです。
キングがあつかう物語は先述のジュブナイル的なものに加え、「少人数のコミュニティーやコンプレックスを抱えた人間など、弱いものが外力によってひどい目に遭った際、どう解決するか」という話が多い。これは、スタインベックの『怒りの葡萄』などに代表される、アメリカ文学に受け継がれてきたテーマ、「理不尽な力への抵抗」と共通しています。
人体実験で超能力を得てしまい、そのために政府と闘う『ファイアスターター』などはまさにそうですよね。日常に非日常を落としこんでいるからこそ、僕たちはキングの小説を「自分の物語」として読むわけです。個人的には、日本の書き手もああいう手法をもっと取り入れてほしいなあと思います。日本の小説は、いまだ日記文学的なところから離れられていない部分がありますから。
頭の中に「巨大な王国」がある
キングから学ぶべき点はほかにもあります。彼は、とにかく魔術のように人称の転換をするんです。はじめは三人称で書いておきながら途中で一人称になり、いつのまにかまた三人称に戻っている。
普通なら、そんな書き方をすれば物語がどこかで破綻してしまい、結果的には読者を混乱させます。ところが、キングの場合は違和感がまったくない。思わず「きったねえよなあ」と歯嚙みしてしまうくらいにうまいんです。
どうしてそんな離れ業ができるのか考えるうち、僕は「スティーブン・キングという人間は“耳が良い”のではないか」という仮説に至りました。
これは聴力が優れているということではありません。彼は、人の会話を脳内で再生する能力にきわめて長けているのではないかと考えたんです。「あのとき、キャリーって女がクソを食ってさ……」なんて言葉を、キングは耳のそばで誰かが語っているかのように「聞ける」からこそ、あれほど大胆な人称転換のジャンプができるのではないでしょうか。
もしかしたらキングの小説に長編が多いのも、そのあたりに由来するのかもしれません。〈脳内の語り手〉がお喋りをやめなければ、話は止めどなくなってしまいますからね。語り部に相当な力がある。僕らみたいに構成で切り取らないんでしょう。
そう考えると、世界じゅうで愛読されている理由もなんとなく理解できます。読者というのは頭のなかで音読、黙読しているんですね。なので、小説というのは視覚情報というよりも耳からの情報に近いものがある。だからこそ、キングの小説はあれだけ長いのに読んでいてもまるで違和感がない。そのナラティブな部分が、これだけ読まれている理由であるように思います。
よく「キングみたいな小説を書きたいんです」と言う人がいます。まあ気持ちは理解できなくもありません。「そう思わせるほどキングの作品が魅力的である」という証明なのかもしれません。しかし、キングの頭のなかにどれほど巨大な王国があるかを冷静に考えたとき、そんな軽々しい宣言はできなくなります。
『キャリー』で売れて以降、キングは『呪われた町』『シャイニング』『ザ・スタンド』『デッド・ゾーン』『ファイアスターター』と、ほぼ毎年のように長編を刊行しました。その間はアルコールとドラッグ漬けになり、ひどいときには鼻血を流しながら執筆していたそうです。
あれほど才能がある人物ですら、死の瀬戸際で書いてたわけです。それを知ってしまうと「キングみたいなのを書きたい」という言葉が、ロケット発射のニュースを見て「私も宇宙飛行士になってくる」と外に飛びだすようなものだとわかるはずです。
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恐怖の構造
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