メール、チャット、SNSなどの普及で、以前より「書く力」が求められるようになりました。何をどのように書けば、相手にきちんと伝わるのか。そして、相手の心を動かすことができるのか。そんなお悩みに優しく寄り添ってくれるのが、「魔法の授業」と呼ばれた90分を完全収録した『つらいことから書いてみようか』です。名コラムニストが、小学校5年生に語った文章の心得とは? 大人が読んでもためになる本書を一部、ご紹介します。
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「いい文章」はこうして生まれる
僕がときどきお母さん方から相談を受けるのは、みなさんの夏休みの日記についてです。
子どもの日記を読んだら、「プールへ行って楽しかったです」としか書いていない。どういうふうに教えたらいいんですか、といった相談がけっこう多いんですね。
「きょうは○○へ行きました」とか、「お父さんと○○に行って楽しかったです」で終わりというわけです。
みんなはどうなんだろう。そんな日記、書いていませんか? お母さん方にはこう言っています。目で見て感じたこと。耳で聞いて感じたこと。鼻でにおって感じたこと。ふれて感じたこと。味わって感じたこと。つまり五感、五つの感じを一つ一つ聞いていったらどうですかって。
プールに行って楽しかったと書いているのなら、「プールにはどのくらい人がいたの?」と聞けば、その子からは目で見たとおりの答えが返ってくるはずです。君たちだったら「ちょっと泳いだだけで人にぶつかったよ」とか、「泳ぐところなんてないほどだった」とか答えるかもしれないよね。
耳はどうだろう。「みんな、わーわー言ってたでしょ」とお母さんに尋ねられれば、「バシャバシャ水しぶきもすごいし、近くに寄らないと、友だちが何言ってるのかぜんぜん聞こえなかったよ」なんて、答えるかもしれない。
次に鼻。これはプールの水のにおいや、まわりにお店があればそこから漂ってくるにおい。そして、ふれて感じたことは、水が肌にあたった感触とか、人と肌がふれたときの感じとかね。
「味」は、うっかり飲んじゃったプールの水の味でもいいし、泳いだ後に食べた食べ物の味でもいいよね。
そういうことを書いていけば、「プールに行って楽しかったです」だけじゃすまないでしょ。みんなはお父さんやお母さんに、そんな一つ一つのことを聞かれなくても、そうだ、五感、五つの感じがどうだったかって、思い出しながら書けるよね。
それからみんなにもう一点、言っておきたいことがあります。こういうことです。
まわりを視て、自分の心がどう動いているかを見る。まわりの音を聴いて、ドキドキしている自分の心の音を聞く。まわりにふれて、自分の心に感じたことを確かめてみる。つまり五感は自分を自覚するためのものでもあるのです。においや味も当然、自分自身とかかわります。
そのことを念頭に置いて、五感を生き生きと働かせてくださいね。
「どう思ったか」を書くのは難しい
うなずく子どもたちを見つつ、ふと気になったことがあります。それは「○○へ行きました。楽しかったです」という日記を見て、子どもにこう聞くお母さん方が多いことです。
「思ったこと、もっとあるでしょ。ほかにどう思ったの」
あまりあっさりしていると、ほかにどう思ったの? と親が聞きたくなるのも無理はありません。
でもこの質問への答えは難しいんです。なぜかと言いますと、思うというのは胸の中での判断ですから、言葉に表しにくいのです。
僕自身も文章を書いていて、ふと手が止まるのはどう思ったかと自問するときです。
藤沢周平氏のエッセイ集『ふるさとへ廻る六部は』の中に「さまざまな夏の音」と題した文章が収められています。
「盆踊り歌や太鼓の音を聞くと、いまも気持が浮き立つ」とあって、続けて「なにか非常に原始的な情緒をゆり動かされるような気がする」と氏は思ったことに少しふれています。
「遠い町の盆踊りの音」については「私はそのかすかなざわめきに耳を傾けながら、もうけものをしたような、小さな幸福感に心を満たされている」と書いています。
なるほど、こういうぐあいに書けばいいのかと参考にはなりますが、言葉で書いて読み手にわかってもらうとなると、かなりの筆力がいるような気がします。
つらいことから書いてみようか
メール、チャット、SNSなどの普及で、以前より「書く力」が求められるようになりました。何をどのように書けば、相手にきちんと伝わるのか。そして、相手の心を動かすことができるのか。そんなお悩みに優しく寄り添ってくれるのが、「魔法の授業」と呼ばれた90分を完全収録した『つらいことから書いてみようか』です。名コラムニストが、小学校5年生に語った文章の心得とは? 大人が読んでもためになる本書を一部、ご紹介します。