「暮らしのおへそ」「大人になったら、着たい服」の編集ディレクターであり、『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』『面倒くさい日も、おいしく食べたい!』『大人になってやめたこと』などの著者である一田憲子さんの最新作が『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』です。
コロナウイルスの影響で生活スタイルが変わり、家事や掃除のやり方について改めて考えた方も多いのではないでしょうか。本書では、数多の暮らし上手な人を取材し続けてきた一田さんが実践している、生活をリセットしていく小さな習慣をたくさんご紹介しています。
未曽有の状況でまだまだ不安定な日々ですが、本書で自宅時間を少しでも発見のあるものにして頂けたら幸いです。
夕暮れ時、ハッとパソコンから目を離すともう6時。慌てて自転車をかっ飛ばし、近所のスーパーに買い物に行きます。「もうちょっとで原稿仕上がるのになあ」と思っても、夕暮れの街を自転車でビュンビュン走っているうちに、パチリとスイッチが切り替わります。家々の灯ひがともり、焼き魚や煮物の香りがぷ~んとしてくる……。私はそんな時間が大好きです。
若い頃「美しい部屋」というインテリア誌の取材で、日本全国行ったことがない都道府県はないというぐらいあちこちに取材に出かけました。主婦のみなさんが、カラーボックスにレンガシートを貼ったり、窓にレースのカフェカーテンをつけたり……と工夫している様子を取材しました。センスの良し悪しというよりも、「少しでも明日が楽しくなるように」と部屋作りに精を出す。そんな姿にいろんなことを教えていただきました。
取材の帰り道、電車に揺られていると、街にポツンポツンと電気がともっていきます。そんな様子を見ながら、「ああ、あの灯あかりの下では、どんな家族がご飯を食べているんだろうなあ」と想像を巡らし「小さな灯りの数だけ、幸せがあるんだよなあ」と胸がキュンとしたことを覚えています。私が夕暮れが好きなのは、その延長線上に理由があるのかもしれません。
仕事が立て込んでいると、近所の行きつけの居酒屋さんに駆け込むこともしょっちゅう。でも、できれば家で作って食べたいと思っています。買い物に行って、荷物がいっぱい詰まったエコバッグをキッチンにどさりと置く時には、毎日「あ~、めんどくさ!」と思います。だから、いつも料理を始める時の私は不機嫌極まりない! でも……。大根の皮をむいているうちに、鶏肉に塩と胡椒をふっているうちに、だんだん心が穏やかになってきます。そして「できたよ~」と夫を呼ぶ頃には、ついさっきまでイライラしていたこともすっかり忘れて、「あ~、お腹すいたね~」とニコニコしながら食卓につくのです。
家でご飯を食べるよさは、この「モードチェンジ」にあるのだといつも思います。外食だとラーメンなど炭水化物メインになったり、野菜が食べられなかったり、味が濃すぎたりと、いろんな「気に入らないポイント」があるけれど、それにも増して足らないのは、作って→食べるというプロセスの中に潜む「巻き戻し機能」であるような気がします。
野菜を刻んだり、卵を溶いたり、合わせ調味料を作ったり……。そんな作業をしながら、私は仕事とは別の脳のパーツを使っているよう。家での夕飯は自分の手を動かさないと食べられません。そこが面倒くさいんだけれど、逆に、手を動かせば必ずご飯ができる、という確かさがあります。
仕事で雑誌や本を作ってはいるけれど、実際の毎日の仕事は、文章を書いたり、デザインを発注したりと、ひたすら頭を使い、想像力を働かせて、見えないハードディスクにインプットするような作業です。対して夕飯作りはとても原始的。大根を煮れば柔らかくなるし、肉や魚を焼けば焦げ目がつく……。そんな当たり前のことが、人間としての基本機能へと立ち返らせてくれるように思うのです。
どんなに面倒くさくてげんなりしても、買い物に行き、キッチンに立ち、その日のおかずを作って食べれば元気になれます。原稿がうまく書けなくても、作った本の評判がイマイチでも、人間関係がうまくいかなくても、いつもの作り慣れたおかずは、いつもの通りおいしい! 自宅でご飯を作って食べる、という時間は、私にとって、足元に必ず自分を支える地面がある、という確認作業であるのかもしれません。
暮らしの中に終わりと始まりをつくる
『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』『面倒くさい日も、おいしく食べたい!』『大人になってやめたこと』著者・一田憲子さん最新作! 自分をリセットしてくれる「人生の習慣」41。
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