「暮らしのおへそ」「大人になったら、着たい服」の編集ディレクターであり、『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』『面倒くさい日も、おいしく食べたい!』『大人になってやめたこと』などの著者である一田憲子さんの最新作が『暮らしの中に終わりと始まりをつくる』です。
コロナウイルスの影響で生活スタイルが変わり、家事や掃除のやり方について改めて考えた方も多いのではないでしょうか。本書では、数多の暮らし上手な人を取材し続けてきた一田さんが実践している、生活をリセットしていく小さな習慣をたくさんご紹介しています。
未曽有の状況でまだまだ不安定な日々ですが、本書で自宅時間を少しでも発見のあるものにして頂けたら幸いです。
我が家では夕飯の後、器や鍋を洗ったら、すぐに片付けずに食卓や、キッチンワゴンの上にずらりと並べたままにして寝ます。土ものの器はもちろん、ザルや鍋もなるべくカラリと乾かしてからしまいたいので。翌朝はまず、起きて、半身浴をし、洗濯機のスイッチを入れたら、器や調理道具を片付ける作業から始めます。まだ辺りがしんと寝静まっている中、アルミのやっとこ鍋を入れ子に重ね、ボウルとザルをセットしてシンク下へ。昨日肉じゃがを盛り付けた大皿類を食器棚へ。「慌ただしい朝に、しまうのは大変じゃない?」と言われるのですが、私はこの作業がなかなか好きなのです。
キッチンの窓から差し込む朝日でピカ~ンと光ったボウルを、食卓の上に整然と並ぶ器やカトラリーを、ひとつずつ手に取って、所定の位置に戻すという単純作業を続けると、不思議に心が整っていくような気がします。
僧侶が境内や庭の掃除をすることを「おつとめ」と呼び、その根底には「今に打ち込む」という精神があるそうです。そうか! あの朝の片付けの気持ちよさは、私の心が「今」に戻ってきたからなんだ、と思い至りました。今日の取材のことも、今度会うあの人のことも、これから作る本のことも気になるけれど、「今できること」は、たった一つだと。
原稿を書いたり、引き出しを1個整理したり、フォトショップの使い方を学んだり。「あれもやりたい」「これも学んでみたい」と思うのだけれど、実際に何かを始めてみると、ちっともはかどらないことにあっけにとられます。1時間ぐらいでチャチャッと書けるかな? と思っていた原稿が、ああでもない、こうでもないと悩み、1日経っても仕上がらないことも。引き出しの整理を始めてみたら、「ここに小物を分類する小さな箱があった方がいいな」と思いつき、サイズを測り、買い物に行き……と、半日以上を費やしたりします。
私は幾つもの仕事を掛け持ちしているので、しばしば「私って要領いいかも」という錯覚に陥ります。ところが、実際は真逆。いざ一つのことを始めると、自分の不器用さに途方に暮れます。仕事をするにも、心地いい暮らしを作るにも、自分の可能性を広げるための学びにも、ものごとにはそれをやりこなすために「絶対的に必要な時間」というものが存在するんだ、ということがようやく最近わかってきました。その「時間」を短縮することはできない……。
もちろん、世の中には時間の効率的な使い方のノウハウ本がたくさん出回っています。私も、どうしたら時間が生み出せるのか、としょっちゅう考えています。でも、時短テクのほとんどは、24時間という自分の持ち時間の中から、いかに「無駄な時間」を追い出して、「本当にやりたいこと」に時間を使えるようになるかという工夫です。つまり、「これ」と決めた、自分にとって大切なことに費やす時間は、やっぱりそれなりにかかるのです。
50歳の誕生日を迎えた時、「生きられるのは、あと30年ぐらいなのかな?」と、突然残り時間が気になり、足元がす~す~する不安を覚えました。人生の残り時間の方が少なくなったと自覚した日、「やりたいことは、今すぐやっておかないと、やらないで終わってしまう!」と強く思ったのでした。
残り時間は少ないし、やりたいことをやるためには時間がかかる。だったら私はどうしたらいいんだろう? と考えた時、唯一の答えが「今できることを淡々とやる」という当たり前のことでした。若い頃から、すぐに結果が出ないとイヤなタイプでした。今でもその性格は変わらないけれど、そんなせっかちな私でも、時間をかけてしか生み出せないものが、いかに心を満たしてくれるかを一度知ったら、腹を括って「今」に向き合うしかない、と思えるようになりました。
毎朝の片付けは、手のスピードでしかできないことを思い出し、先へ先へと走ってしまう心を「今」に戻すために、なくてはならない時間になっています。
暮らしの中に終わりと始まりをつくる
『丁寧に暮らしている暇はないけれど。』『面倒くさい日も、おいしく食べたい!』『大人になってやめたこと』著者・一田憲子さん最新作! 自分をリセットしてくれる「人生の習慣」41。
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