誰もが知る歴史上の偉人たちは、もともと優秀だったからその偉業を成し遂げられたわけではない。ではなぜ偉業を成し遂げられたのか。そこには決して歴史に名を残すことのない、もう一人の偉人の存在があったから。
教科書では知ることのできない、そんなもう一人の偉人にスポットを当てる書籍『もうひとりの偉人伝』から、一部を抜粋してご紹介します。
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命をかけた説教で織田信長をヤンキーから更生させた平手政秀
戦国一のイケイケヤンキー
日本中で大名が争いをくり広げていた戦国時代。尾張(現在の愛知県)にすい星のごとく現れ、当時最強といわれた武田軍を鉄ぽう隊を率いて打ち負かし、天下統一まであと一歩とせまった“戦国時代のスーパーヒーロー”織田信長。
かっこいいイメージの強い信長ですが、父・信秀から家をつぐ前は、ヒーローどころか「うつけ者(大バカ者)」とディスられていた、どうしようもないやつでした。まず、ファッションがダメ。派手なひもでテキトーに髪をたばねたあらっぽいヘアスタイルに、着物の片そでをぬいでうでを出し、トラやヒョウの皮を使った短いはかまをはいて、こしにまいた縄にはひょうたんやわらじをぶらさげる……。とても大名一家のおぼっちゃまには見えないだらしなさです。
生活態度も最悪でした。寺に通って勉強なんかするはずもなく、子分たちを引き連れて城下町にくり出しては、柿や瓜をかじりながらオラつきます。そのすがたはまさにヤンキーそのもの。
「あれが後つぎだなんて、織田家はもう終わりだ……」
当然、織田家の家臣たちからは、そんな悲鳴にも似た声が上がります。この状況に、たいへん頭を痛めていた一人の家臣がいました。それが平手政秀です。
命をもって教育する!
政秀は織田家の外交仕事を任されていたデキる家臣でした。織田家と争っていた美濃(現在の岐阜県)の斎藤道三と仲直りするため、道三の娘を信長にとつがせて政略結婚をまとめるなど、優秀な働きぶりで織田家を支えた古株です。信長の父・信秀からの信頼も厚く、信長がおさない頃から教育係も任されていました。いわゆる「じいや」です。
しかしそんな彼の手にかかっても、ヤンキー信長をまともにすることは、外交問題を解決するよりはるかにむずかしいことでした。何度言って聞かせておこったところで、信長の耳には右から左。態度はいっこうに変わりません。道三の娘と結婚させたのも、「若様もよめをもらえば、少しはまともになるかも」と、外交と信長の更生の一石二鳥をねらってのことでしたが……その程度で真面目になるはずもなく、信長は結婚してからも相変わらずわけのわからない格好で領内をあばれ回っていました。
ある日、政秀も真っ青になる、信長のうつけぶりスパークな事件が起こります。それは急死した信秀のそうぎの最中のことでした。いつも通りのヤンキーファッションでそうぎの場に現れた信長は、なんと無言でお香を信秀の位はいに投げつけたのです。
「なんとバチ当たりな! やっぱり織田家は終わりだ!」
あまりのことにどよめく場内。信長の行動はどう考えても完全にアウト。こうなったらもう、家臣たちの心が完全にはなれてしまうのは時間の問題です。
「このままではマズい……しかし若様にはなにを言ってもムダ……」
思いつめた政秀は、教育係として究極かつ最後の手段に出ます。「まともになりなさい」と願いをこめて、切腹したのです。
今があるのはじいやのおかげ
このじいやの命がけの説教に、さすがの信長も反省します。反抗的な態度こそ変わらなかったものの、信長は少しずつ「うつけ者スタイル」から「そこそこまともな武将スタイル」に切りかえていきました。それから数年後。無事に織田家をついだ信長は、優れた政治と軍略、常識にとらわれない発想で、尾張、美濃、そして当時「天下」と呼ばれた近畿地方を手中におさめ、全国にその名をとどろかせる戦国大名へと成長しました。
信長が本当に「うつけ者」だったら、こんなことはできなかったでしょう。案外、政秀が切腹しなくてもなんとかなったんじゃないか……。思わずこう考えてしまいますが、そうでもありません。信長が近畿地方を平定した頃のこと。とある家臣が信長に「信長様の天下はあと少し! 政秀様は早まりましたなぁ」と、政秀をディスっておべんちゃらを言いました。これを聞いた信長はブチ切れます。
「今のわしがあるのは、政秀が死をもっていさめてくれたからだ! じいやのことを悪く言うのはゆるせん!」
あの切腹以降、信長はじいやの思いをきちんと受け止め、感謝していたのです。政秀が命がけの行動に出ていなければ、信長はあのままずっと、尾張のヤンキーだったかもしれません。
もうひとりの偉人伝
誰もが知る歴史上の偉人たちは、もともと優秀だったからその偉業を成し遂げられたわけではない。ではなぜ偉業を成し遂げられたのか。そこには決して歴史に名を残すことのない、もう一人の偉人の存在があったから。
教科書では知ることのできない、そんなもう一人の偉人にスポットを当てる書籍『もうひとりの偉人伝』から、一部を抜粋してご紹介します。