誰もが知る歴史上の偉人たちは、もともと優秀だったからその偉業を成し遂げられたわけではない。ではなぜ偉業を成し遂げられたのか。そこには決して歴史に名を残すことのない、もう一人の偉人の存在があったから。
教科書では知ることのできない、そんなもう一人の偉人にスポットを当てる書籍『もうひとりの偉人伝』から、一部を抜粋してご紹介します。
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暴走作曲家シューベルトから重すぎる愛をぶつけられたゲーテ
とにかく作曲が好き!
あなたの家には、どんなルールがありますか?「ゲーム禁止」なんて家もあるかもしれませんね。どんなことでも、学校の勉強がおろそかになるほど熱中してしまっては、親はだまっているわけにいきません。作曲家のフランツ・シューベルトは少年の頃、お父さんからこんな禁止令を出されました。
“作曲禁止”
おさない頃から音楽が大好きだったシューベルトは、一日に何時間もピアノを演奏しては、作曲に打ちこみました。起きていても寝ていても、考えるのは音楽のことばかり。そのうち学校をサボるほど作曲にハマってしまったため、お父さんが心配して作曲を禁止したのです。それでもシューベルトは止まらず、かくれてこっそり作曲を続けました。多いときは一日8曲というハイペースで曲を作り続け、最終的にシューベルトはその生がいで600以上もの歌曲を作り、「歌曲の王」と呼ばれるようになります。自分の「好き」を一直線につきつめた結果、シューベルトは世界有数の作曲家へと成長したのです。
好きな人が冷たい……
そんなシューベルトには、尊敬してやまない人物がいました。ドイツの作家、ゲーテです。切ない恋心を美しい言葉でつづるゲーテの書く詩に夢中になったシューベルトは、作品への「好き!!」という気持ちをおさえきれず、たのまれてもいないのに勝手にゲーテの詩に曲をつけ始めました。その数、全部で約70曲。
中でもとくにシューベルトの心をわしづかみにしたのが『魔王』という詩でした。ある夜、やみの中を馬で急ぐ一人の男。うでの中には高熱にうなされる息子がいます。息子はしだいに、存在しないはずの魔王の声におびえ始めます。
「お父さんには魔王が見えないの?」
「息子よ、あれはただの霧だよ」
「お父さん、魔王の声が聞こえない?」
子どもにだけ聞こえる魔王の声。そして、ついに……続きは実物を読んでたしかめてみてくださいね。
この『魔王』にしょうげきを受けたシューベルトは、『魔王』『糸を紡ぐグレートヒェン』など16もの曲をふくむ『ゲーテ歌曲集』を勢いで作り、そしてそれをとつ然ゲーテに送りつけました。大ファンの作家が書いた詩に、自分の曲を付けてプレゼントする……このときまだ多感な19歳だったシューベルトにとっては、たいへん勇気のいる行動でした。
しかしゲーテはシューベルトから届けられた歌曲集を完全スルー。コメントをもらえなかったどころか楽譜ごと返却されてしまい、シューベルトは打ちひしがれました。
ゲーテはなぜ、シューベルトの曲を無視したのでしょうか。一説では、曲の個性が強すぎたため、ゲーテの好みに合わなかったのではないか、といわれていますが、本当の理由はよくわかっていません。単にいそがしくて聴くひまがなかった、という説もあります。
しかし一つだけたしかなのは、シューベルトはゲーテに拒絶された後も、作曲を続けたということです。もはやシューベルトにはそれしかなかったと言ってもいいでしょう。
「いつか、ゲーテさんにみとめてもらえるような曲を作るんだ……!」
そんな思いを胸に曲を作り続け、そして……シューベルトは31歳という若さで命を落とします。病死でした。
最期まで報われなかったシューベルトの思い。ところがゲーテはシューベルトが亡くなった後、はじめて『魔王』にコメントを残しました。
「全体のイメージが、目で絵をながめるようにはっきりとうかんでくる」
一度は無視したシューベルトの曲を、きちんと評価したばかりか、感動の言葉さえ口にしたのです。その言葉、シューベルトが生きているうちに聞かせたかった……! しかし、もし19歳ではじめてゲーテに曲を送ったときにこんなふうにほめられていたら、シューベルトの作曲への情熱はそこで燃えつきてしまったかもしれません。だれもが自分の曲を評価する中、いちばんほめられたかった人にだけ無視されたことが、かえって創作のパワーにつながったのです。
作曲の天才シューベルトに、詩を通して大きなえいきょうをあたえた天才作家ゲーテ。言葉でみとめ合わなくても、2人は魂ですでに通じ合っていたといえるでしょう。
シューベルトが残した作品の数々は、2人の偉大な天才たちの少し変わった友情の証なのです。
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試し読みは今回で終わりです。「もうひとりの偉人」たちについて知りたい方は書籍『もうひとりの偉人伝』をご覧ください。
もうひとりの偉人伝
誰もが知る歴史上の偉人たちは、もともと優秀だったからその偉業を成し遂げられたわけではない。ではなぜ偉業を成し遂げられたのか。そこには決して歴史に名を残すことのない、もう一人の偉人の存在があったから。
教科書では知ることのできない、そんなもう一人の偉人にスポットを当てる書籍『もうひとりの偉人伝』から、一部を抜粋してご紹介します。